Phase 12 玲が手にしたモノ
朝日の身体はビルの壁に激突する。
「……!」
一方的にやられていたならず者たちが歓声を上げる。
交戦中だった朝日はもろにクラプターの攻撃を受けた。
身体に纏わりついている黒い靄。それに加えこの怪物じみた身体能力。あの男が中度クラプターでこの犯罪集団のリーダーに違いない。
「鬼丸……! ちっ、急にやる気出しやがって邪魔なんだよ!」
雄一郎が朝日に近づこうとするも、複数人のクラプターに囲まれている。
初見の時はあの男から靄なんて出ていなかったはずだ。玲は思い返そうとする。
「……くっ!」
違う。今すべきは後悔や反省ではない。朝日を助けられるのは玲だけだ。雄一郎を待っていたら、彼女が傷つき命を落とす。いまだ仲がいいとは言い難いかもしれないが、鬼丸朝日という少女が玲の前からいなくなる。
(そんなのは嫌だ……絶対に!)
玲は駆け出す。スーツ性能でいつもより遥かに速いスピードだが、もっと速くと願ってしまう。
玲は朝日に近づくクラプターの前に立ち、睨みつける。
相手とは数メートルという距離だ。
「なんだ。お前も戦うのか?」
相手も玲を観察していたのだろう。玲をただのサポート役だと侮っている。
何を思われようが、玲にはどうでもよかった。
(大町さんみたいな戦い方はできない。何か武器がいる。朝日先輩みたいな刀……ううん、もう少し扱いやすそうな)
ふと玲の頭に浮かんだのはVRMMOなどのゲームに出てくる双剣。刀よりは短いが、小柄な自分には合っているように思えた。決まれば、あとはミネルヴァスーツやマスクを装着した時と同じだ。
「特殊なスーツを着た魔法化学士はレアって聞いたからな。臨時ボーナスになってもらうぜ?」
その声を玲は無視した。今はただ集中するだけだ。
玲はじんわりと手の中に熱が宿るのを感じる。胸の奥――心臓も熱い。初めての感覚。
背後から小さく呻く朝日の声が聞こえた。
(先輩を守れる武器を――ッ!)
強く思った瞬間、玲の両手に少々不格好な双剣が収まった。
クラプターの攻撃を間一髪のところで、玲は二振りの剣で止める。戦いの心得がない玲が初撃を防げたのは黒い靄に向かって剣をつき出したからだ。
数回玲が攻撃を防ぐと、男は吐き捨てるように、
「……チビでもエリート様ってことかよ。面白くねぇ」
「はあ、はあ……」
敵対する男よりも黒い靄を注視する玲に口をきいている余裕はなかった。しかし男の周囲にある黒は、実態があるかのように濃くなっていく。
(すごくヤバい気がする! どうすれば……)
今までの攻撃とは別種の何かが来る。玲はミネルヴァスーツに覆われた背中を汗が伝うのを感じた。自分が避ければ朝日の身が危険にさらされる。
そんな時、男の背後に雄一郎が迫るのが見えた。戦いを終わらせる一撃になるかもしれない。けれど、このままではあの靄に突進することになる。
「大町さん……危ない!」
突如黒い霧から先端が尖った丸太を思わせる氷塊が飛び出す。
雄一郎は怯まない。止まらない。拳を突き出す。
「ぶっ飛ばしてやる――うおおおおおおおぉッ!」
大氷に向かって《
「くそが……!」
焦ったクラプターの男が雄一郎と対峙しようと、玲から視線を外す。
「玲!」
その声に後押しされ、玲は双剣を強く握りしめて疾走した。二つの刃を男に突き立てるために。
「! あがっ……てめ、ぇ」
「…………」
人と変わらないだろう肉の感触が玲の手に伝わった。
倒れた男を玲が見下ろしているうちに、双剣は消えていた。
「気合いの入った攻撃だったぜ」
「……あ、ありがとうございます。なんか無我夢中でした」
雄一郎に褒められて、ようやく良い判断ができたのだと玲は認識した。
ほどなくして、リーダー格の男がやられた犯罪者集団は降参。自力で立ち上がっていた朝日主導で誘拐犯を全員拘束した。こういう時すぐに《
三人が倉庫室に突入した時、大町一派の生徒たちは氷の枷で身動きが取れない状態にされていた。雄一郎が
「悪い、待たせちまったな」と雄一郎は次々と氷の枷を破壊していく。
「雄さん!」「助けに来てくれるって信じてたっす!」「一生ついていきます!」と大町に駆け寄っていく。中には泣きながら雄一郎に抱き着く者までいた。
「大町さんたち、本当に仲いいですね」と玲がしみじみと言う。
「そんなことより、なんでまた私を庇ったのよ……頼んでない。無理するなって言ったのに言うこと聞かないし」
完全に拗ねたような声音だが、玲はしどろもどろになる。
「だって、危ないと思って。大町さんは戦闘中で、僕しか……」
「あんなヤツに負けないわ……私」
「えー……」
何やら子供っぽくも聞こえる言いがかりに玲が困っていると、雄一郎と目が合った。
「おう、お前たち。玲と鬼丸にも礼を言え。俺一人じゃ今回ばかりは無理だった」
騒いでいた大町一派が一瞬で静まり、何やら目配せし合っている。
「今回はぁ……どうもありがとうございました!!」
揃った低く響く声。ビックリしたが、嬉しくもこそばゆい気持ちになる玲なのだった。
玲たちはその後、総司令部が手配したバスで大町一派とともに学園に戻ってきた。現在は深夜の二時。
「三人とも本当にお疲れ様~」
ソファで待機していると、宮湖がホットココアでねぎらってくれる。
一口味わい玲は一息つく。ふと強い眠気を覚えて、玲は欠伸を堪える。
「誘拐されてた人たち、怪我とか不調は大丈夫なんですか?」
「あいつら全員ピンピンしてるぜ。腹減ったって騒いでるくらいだ」
宮湖はマジック・デバイスを起動させ、何やらデータを確認する。
「精密検査の結果もみんな正常。ただ採血されたり、デバイスを奪われたりした子もいるみたいね」
「もし本当に魔法化学士の肉体やデバイスの解析が目的なら、どうして全部持っていかなかったの……?」
朝日が口にした疑問だが、玲も違和感がある。
「全員分持っていかなかったのは、支援を受けていた海外のエージェントにもっと報酬を要求するつもりだったからだって――尋問を担当した晴気先生からの報告ね」
「尋問って、晴気先生がやるんですか?」
「彼ああ見えて元軍人だから。そういうのも得意なの」
頷きながら、玲は同級生がそんな噂をしていたのを思い出す。
「それにしても、急造だったのになかなかのチームワークで感心しちゃった」
「俺も戦いながらこのチーム悪くねぇって思ったぜ」
「それは……つまりチームに加入してくれるってこと?」
朝日は雄一郎の意図を問いただす。
「ああ。お前たちとならうまくやっていけそうだ。それに迷惑なクラプターどもをやっつけるのは、仲間たちだけじゃなく大事な嫁と娘を守ることに繋がるからな!」
雄一郎は豪快な笑顔で宣言する。しかし――
「……は? 嫁?」
「え? ……娘?」
朝日と玲は予想外の事実にフリーズしてしまう。
「ん? どうした?」
玲の眠気は吹き飛び、朝日の眼は見開いている。
「結婚してて……お子さんまでいるんです!!?」
「が、学生同士ということ……?」
「嫁は高校を卒業してる。というか、二人ともビックリしすぎだろ、すごい顔してるぞ」
雄一郎は楽しそうに言うが、これを知らされて驚かない人の方が少ないだろう。
朝日が意識を切り替えるように軽く頭を振る。
「まあチーム結成に向けて前進できたし……あとは鍋島先輩ね」
アルカディア本校始まって以来の優秀な生徒で、生徒会副会長も務めている。抜きん出た能力の持ち主だと玲は聞いている。
「鍋島直樹か? たしかに在学生で組むならあいつは外せないよな」
「そりが合わないんじゃないかと心配だったけど、実力は認めているのね」
意外そうに朝日は呟く。それに対して、
「まあ、俺に任せとけ」
この日、二度目となる雄一郎の爆弾発言が玲と朝日に投下されたのだった。
「アイツとはダチだからよ」
《第3話 終了》
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