Phase 11 初めての任務
市街地ということもあり、作戦決行は夜中となった。
犯罪者集団のアジトである旧市街のビル――その近くで玲、朝日、雄一郎は身を隠して突入のタイミングを計っていた。
今、玲は朝日や雄一郎と同様にミネルヴァスーツを着用している。それぞれの身体にフィットしていて着心地は文句なしだ。このスーツだけで特に寒さも暑さも感じない。
雄一郎がフルフェイスマスクを装着した。スーツと同じく赤を基調としていて彼には似合いの色だ。
「日高玲。あなたもそろそろマスクをつけて。着用をイメージしてデバイスに触れればいいから」
出動許可を取ってくれた宮湖に玲と雄一郎はマジック・デバイスをアップデートさせられた。このミネルヴァスーツを使用できるようにするためだ。
「分かりました」
言われたように玲はマジック・デバイスに触れる。装着は一瞬だった。
視界も良好でこれなら戦いの際に邪魔に思うこともないはずだ。もっとも玲自身は戦力としては何の役にも立たないかもしれないという不安を抱えてはいるが。
「似合ってるぜ」
「どうも……」
初めて着たとは覚えないほど様になっている雄一郎に言われると少し照れくさい。大人になれば自分も似合うようになるだろうか。
『三人とも準備はいいかな?』
タロースの声がマジック・デバイスを介して脳内に伝わってきたのはそんな時だった。
『あれからボクは《捜索魔法》を使って、生徒たちの位置情報の精度をあげたよ~。おそらく地下にある倉庫室にみんな閉じ込められている。マジック・デバイスとその着用者のバイタルサイン、その他諸々の関連情報を分析したんだ』
「……全員無事なのか!」
『うん。そこには雄一郎が言っていた通りの人数がいる可能性が高い。何人かはデバイスを外されているけれど、全員分の反応があるね』
タロースがもたらした情報に、よし!と雄一郎が拳を握る。
「全てはこれからよ、気を引き締めて。生徒救出と中度クラプターの討伐。どっちも失敗は許されないわ」
「任せとけ。俺は今気合い入りまくりだ」
雄一郎がくいっと口角を上げる。
『それじゃあ、三人とも敵戦力のおさらいだ。昼間に伝えたようにリーダー格は中度クラプターの男性。それに同調する軽度クラプターたち。そして、彼らと事件を起こすことで利益を上げようとする一般人。ただ一般人といっても、半グレと呼ばれる罪を犯すことを厭わない連中だね』
ミネルヴァスーツを着用しているものの、戦闘はおろか喧嘩の経験も玲には覚えがない。身体能力が飛躍的に向上しているにしても自分がどこまでできるのか何をなせるのか考える必要がある。
「心配はいらねぇよ、みんな俺がぶっ飛ばしてやる!」
『クラプターに関しては思い切りやってもらっても構わないけど、その他は手加減してもらわないと困るよ。
強大な力を持ったクラプターに対抗しうる
「んなこと百も承知だ。本気でぶん殴っても魔法化学は使わねぇって。ただクラプターとそれ以外をどうやって見分ければいいんだよ? 聞く限り血の気の多そうな連中だろ」
「そこは彼に期待するしかないわね」
朝日が再び玲の方を見る。
「どういうことだ?」
玲の瞳はクラプターと一般人を見分けられる可能性が高い。そうタロースと朝日が雄一郎に説明する。玲は自分のことながら確証が持てず、奇妙な感覚を味わっていた。
「ほう……なるほどな」
雄一郎は腰をかがめて興味深そうに玲の瞳を覗き込む。
「……できるだけ頑張ります」
「頼んだぞ、玲。じゃあ行くとするか。――二人とも気合い入れてけ!」
「……はい!」
続いて、朝日がツッコミを入れる。
「だからなんであなたが仕切ってるの」
「ん? なら鬼丸が仕切り直すか? いいぜ、いつでも」
「わざわざやるわけないでしょ……そういうことじゃないから!」
ふふっと玲は笑みをこぼす。
二人のおかげで玲は緊張が和らいだ気がした。
ビルへの侵入は玲の想像以上に簡単だった。
超高性能AIであるタロースがセキュリティーシステムに侵入し偽装しながら必要な個所のロックをすべて解錠していたからだ。
玲たちは静まり返ったビル内から空気が冷たい地下フロアへと降りていく。倉庫室に向かおうとして遭遇したのが、チンピラ風の二十代半ばから三十代と思しき男たちだ。ざっと見て二十人はいる。
その数人がこちらに視線を向けて、
「なんだ、アイツら……
「魔法化学士アカデミーのガキを拉致ったからな。まあ想定内だ。アイツらを捕まえれば申し分ない成果になる、かなりの報酬が期待できるぜ」
その一言でフロアにいた男たちの空気が変わる。不快感を煽る熱気のような黒い靄が一瞬広がった。
しかし、玲が以前見た中度クラプターほどの嫌悪感はなく継続して靄がまとわりついている者も今は数名だ。何人も襲いかかってくるが、玲自身の眼を信じるならば――
「スカジャン男と金髪で左腕にタトゥーがある人はクラプターだと思います」
玲は朝日と雄一郎にだけ聞こえる声で伝える。
「よっしゃ、これで迷わずやれる!」
「あなたは無理に戦わず、自分の身を守ることを考えて。あとサポートよろしく」
雄一郎は「しっかり落とし前つけてやるぜ!」と駆け出し、あっという間に乱戦だ。まさに喧嘩。多勢に無勢だが、雄一郎は嵐のように半グレ集団を蹴散らす。
朝日も向かってくる男たちを体術でいなし、的確な一撃で無力化していく。
玲も遅れを取るまいと目を凝らし、先ほどと同じように雄一郎たちにクラプターか否かを端的に伝えていく。
「……頬に大きな傷、クラプターです!」
雄一郎は拳に力を込めると、周囲の黒い靄が揺らめく。彼が放った殴打は相手の意識とともに靄を霧散させる。
その時、玲の視界の端に銃身に靄を宿らせている男が映った。
「朝日先輩、拳銃を持ったクラプ……!」
玲が声を出した次の瞬間――カンッ!という高音とわずかな衝撃が玲の頭を襲った。
「――ッ!?」
撃たれたと玲が認識するまで数秒。
玲の身体が汗を噴き出す。ミネルヴァスーツのフルフェイスマスクがなければ玲は死んでいた。
しかし、次の銃弾が飛んでくることはなかった。
飛んできたのは刀を携えた朝日だった。さっきの男は床に倒れている。
「大丈夫!?」
「……あ、はい。平気です」
これほど心配されるとは思っていなかったので、玲は少し呆けながら朝日を見る。しかし彼女の表情は分からない。
「そう。このままの調子でお願い。クラプターとただの人間が混在する戦場では本当に神経質になると授業で聞いていたけれど、おかげで戦いだけに集中できるわ」
「! ……が、頑張ります」
玲は少し震えた声で返事をした。
その直後、騒ぎを聞きつけて、クラプターと思しき連中が増えてきた。けれど、玲たち三人は苦戦しなかった。玲の言葉を信じて、朝日たちがクラプターと戦い――玲は雄一郎たちを信じて、臆することなくクラプターである相手を喝破し続けたのだから。
この実戦任務の中で、玲はある種の高揚感を強く感じていた。
――他者に必要とされ、協力し合うこと。
――何らかの目的や楽しさを誰かと共有すること。
多くの人が特に意識せずに体験する些細な出来事であっても、日高玲にとって記憶にある限りほぼ初めてと言っていい。幼い頃に肉親らと決定的な溝を作り出した瞳が、今はこうして誰かの役に立つ。
(魔法化学士、頑張っていくのもいいかもしれないな)
玲の脳裏にそんな考えが浮かんでいた。
その時だ。
「……!?」
急速に悪意が肥大化する気配に玲は身震いした。玲は周囲を見渡すが、新たに誰かがやってきたというわけではない。
(マズい! 早く見つけないと……)
神経を研ぎ澄ます玲を悪意が渦巻くような感覚が突き刺す。
倒れていた男がやおら立ち上がる。その顔に玲は覚えがあった。
(僕たちがここに来た時、半グレたちを煽ってたヤツ……どうして!?)
玲が気づいた時には、男は超人的な脚力で跳躍。朝日の背後を強襲した。
「朝日先輩っ……後ろ!!」
「――――!?」
玲の警告は遅すぎたのだ。
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