Phase 18 退屈を感じない瞬間
直樹は気持ちよさそうに語る鏡を前にしながら、まったく別の感慨に身を震わせていた。
クラプターが好んで使う氷の鎖で自由を奪われ、マジック・デバイスも敵の手の内にある。鏡が殺そうと思えば容易く直樹たちは命を落とす。
この危機的状況こそが直樹に生の実感を与えていた。
死の影が濃くなるほど、直樹は生きていることを強く意識できる。退屈とは対極にある刺激だった。
(この任務を志願して……いや魔法化学士を目指して正解だったかもな)
ここから直樹自身はどうするか、相手はどうするか。そして不確定要素になり得る雄一郎たちの存在は?
様々な可能性に満ちた状況下で、直樹は久しぶりに楽しいという感覚を噛み締めていた。
(だが、この男に私たちを殺すだけの度胸はあるのか?)
語られた言葉からはクラプターが持つ可能性だけでなく己の価値を認めさせたいという鏡の自尊心が垣間見えた。
MaCHINZR《マシンザー》の告発などに直樹たちの存在を利用するかもしれないが、
(それだけじゃ……つまらないじゃないか)
直樹が今求めているものは、強力なクラプターとの命を削り合うような戦いだ。
「まるで自分たちが善良とでも言いたげだな。守られるべきと言っていた子供を先日負傷させておいて。それとも敵対者は子供だろうと例外だと?」
直樹は鏡を小馬鹿にするように挑発する。
「威勢がいいのは若者の特権だな」
軽くあしらうように言い返すが、鏡は直樹に近づいていく。
「けれど、相応の躾が必要な時もある」
鏡はマジック・デバイスを持たないほうの拳に氷を纏わりつかせ、剣先のように尖らせると、先端で直樹の頬に触れる。
鮮血が一筋流れた。
「ありがとう」
直樹は言い放つと、瞬時に自らも氷を操り、マジック・デバイスを持つ鏡の左手首を切り落とした。
直樹の背後から飛び出てきたのは氷の刃だった。
「あああああああああああああっ……!!」
男の絶叫が響き渡る。直樹は鏡に目もくれず、全員分のマジック・デバイスを回収した。
ミネルヴァスーツを装着してしまえば、氷の鎖を破壊することなど直樹には難しくない。直樹は《
一瞬室内が静まり返る。
「《
鏡には何が起きたか分からなかったかもしれないが、玲も同じだった。それほど鮮やかな手並みだった。
「すぐに切られた手首を凍らせたか。やはり頭は悪くない」
今度は直樹が見下ろしながら、感心するように言った。鏡を褒めるようでいて煽っているようにしか聞こえない。
玲には直樹の目的が分からなかった。
任務遂行のために迅速に処置すると玲は思ったのだが、殺すわけでもなく直樹は語りかける。
「理想を語るには力が必要だ。クラプターの力ではこの程度の状況も覆せないとでも? このままではクラプターの仲間たちも死ぬぞ?」
「……くっ」
周囲の空気がヒンヤリとして行くのを玲は感じた。
しかし、その矢先、幼い少女の悲痛な声が響いた。
「パパをイジメないでっ!」
「ユリ!? 何故ここに!?」
鏡だけでなく、その場の全員が声の方を振り向いた。
ユリと呼ばれた少女は先ほど張り込んでいる時にNIPPON未来技術研究所から出てきた子供だった。あどけない少女が父親を助けようと駆け出す。
少女の登場にその場の空気が弛緩する。
直樹もクラプターでもない小学生を攻撃するわけにはいかず、わずかに困惑が見て取れた。
しかし、次の瞬間玲は目を見張る。
玲の鼻先を走り抜けた少女から黒い霧が漏れていた。鏡にも劣らない濃い霧だ。
「鍋島さん! その子もクラプターです!!」
玲の叫び声に直樹は鏡から銃を離し、防御態勢を取る。が、少女は見た目から想像できないほどの腕力で直樹を突き飛ばした。直樹の身体が壁にぶつかった衝撃で、鈍い音がする。
「パパ行こう! 早く治さないとだよ!」
「ああ……ユリ、助かったよ」
鏡親子はそのまま手を繋いで、出ていってしまう。
「おーい、大丈夫かー?」
雄一郎の声に直樹は身体を起こした。
「ったく……さっさとデバイス渡してたら逃げられずに済んだだろ」
「何か目的があったんですか?」
直樹は取り返したマジック・デバイスを返していく。
「ちょっと試したいことがあっただけさ。やはりクラプターは見かけで判断できないな。まさかあの女の子があれほど強力なクラプターだったとはね」
少し責められているような気分になり、玲は小さく頭を下げる。
「すみません。今まで確証はなかったんですけど……さっきの子くらい強力なクラプターは一時的に黒い霧の放出を制御できるのかもしれないです」
このようなことは大町一派誘拐事件の時もあった。
「中度クラプターの中には、あなたの目を欺けるヤツがいるってこと?」
「はい。どれくらい抑えられるのかは分かりません。ただ攻撃の時とかは霧がはっきり出るみたいです」
「なるほどね。だが、日高のおかげで怪我なく対処できた」
「戦ってる時は気ぃ抜くなってことだ。あの親子を追うぞ」
雄一郎の言葉に全員が頷き、行動を開始した。
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