Phase 19 大町班三人の選択

「鏡って男がクラプターの仲間を集めていたってのは本当みたいだな」

 廃工場を出て研究所に向かおうと出口を探していた玲たちの前にクラプターたちが現れ、行く手を阻む。

 襲い掛かってくるクラプターに玲たちは各々武器を取った。

 玲も難なく双剣を出すことができ、足手まといにならないように戦おうと決める。しかし、玲が双剣を振るうことは数回に留まった。なぜなら――

「弾丸の性能テストにちょうどいいな」

 銃声とともに倒れるモノや動きを止めるモノ。

「うらああああっ!」

 その隙に風を切り裂く殴打にクラプターたちが薙ぎ払われ、

「はっ!」

 剣による一閃で切り伏せられる。

 直樹のハンドガン、雄一郎の拳、朝日の剣が次々にクラプターを仕留めていく。少し前に武器を握り始めた玲とは年季も動きもまるで違った。

 直樹が加わったことで純粋に戦力が増加し、意識的に連携しているわけではなくとも、戦いを優位に進められるのだと玲は気づいた。

一方のクラプターは個々の間の意思疎通や他者の意図を汲み取るといった部分が薄いように感じられた。こうなれば、たとえクラプターが暴力をまき散らす存在でも被害は抑えられる。

(在学生のチームに抜擢されるだけあって、先輩たちすごいよね……)

 おかげで役に立たなくて不甲斐ない――なんて気持ちが湧くこともなかった。

 ふと玲は目に入ったデバイスを拾い上げる。倒されたクラプターの近くに落ちていたものだ。

「これって……」

 デバイスは何かの拍子でロックが解除されていた。玲は色々試してみると、廃工場のマップが表示された。

「え!?」

 NIPPON未来技術研究所の地下へと繋がっている隠し通路の存在を示していた。




 玲が見つけた経路を走りながら、大町班の四人は適宜タロースの協力を仰ぎセキュリティを突破していく。ここを使われると想定していないようで、クラプターによる新たな妨害工作はない。

「それにしても、親子ともクラプターになるケースもあるのね」

「一緒に過ごす時間が多いと、影響があったりするんですかね?」

「……かもしれないわ」

 クラプターが非クラプターに影響を与えてしまうのなら、MaCHINZRマシンザーの方針は仕方ないように思える。治療方法が見つかっていないのだから。

『最後のロックも解除した! みんな任せたからね!』

 開錠されたドアのハンドルを雄一郎が回す。開いたドアの向こうにあったのは実験室が併設されたシェルターのような場所だった。切断された左手首を縫合した鏡と、父親を守るように立つユリの姿がある。

「短時間でここを見つけるとは……部下から聞き出したね」

 鏡は非難がましい視線を叩きつけてくる。

「う……」

 黒い霧の矢に刺されたかのような感覚――玲は恐怖から声を漏らした。

「端末にある情報を見ただけだが?」

 そう言って、直樹は前に出る。

「そんなことより今はお前に聞くことがある。汚染されても中度クラプターになる子供はほぼ存在しない。これは身体の大きさによるものだと推察されている」

 急にクラプターについて話し出した直樹にやや困惑しつつ、玲は鏡とユリを見る。ユリの身長は一二〇センチ程度だ。

「娘のクラプター化が進行するように何かしたのか?」

 玲は驚いて直樹の方を見るが、彼の表情は伺い知れない。

「もちろんだ。子の幸せを願わない親などいない」

 鏡は娘の頭を撫でる。嬉しそうにユリも笑顔になる。

「クラプターになるのが幸せだってのか!?」

 雄一郎が大声を上げた。鏡は視線をユリから離さない。

「クラプターは通常の人間より優秀だ。ユリもそれを望んだ、この子は必ずや人類の進化に貢献する」

「そうだよ! わたしゆーしゅーになるもん! パパも喜んでくれるし」

 仲睦まじい親子の姿――に見えなくもない。

「親の無意識の期待に応えようとする子供に善悪はないけれど、子供の望みを叶えるという形で自分の願望を実現するのは醜悪だな」

 直樹はそう吐き捨てると、銃口を鏡恭司に向けた。

「! お前、またパパを!」

 ユリが再び直樹に突進する。

「待ちなさい、ユリ!?」

 鏡は焦って呼び止めるも少女は止まらない。

 銃声が響いた。

 二度三度とその音は続く。

「――――」

 一言もなく倒れたのは鏡だった。

「パパ……パパ!」

 ユリは鏡に寄り添う。悲愴な声で呼び続ける。

 雄一郎は気まずそうに直樹の行動を咎めるように言う。

「ガキの目の前で親を殺すのはどうなんだ?」

「配慮は必要だが、彼女もクラプターだ」

 直樹は感情を表に出さず、ユリを氷の鎖で拘束した。一度隙を突かれたせいか、今の直樹は一層容赦がない。見ている玲や朝日も背筋に冷たいものを感じていた。

「うぅ……パパはすぐ元気になって、お前なんかやっつけてやるから……!」

「撃ち込んだ弾丸はクラプターの細胞活性化を阻害する特別製だ。もう起き上がることはない」

 その宣告にユリの瞳からこぼれていた涙も止まる。

「嘘……そんな、パパ……」

 ユリはふら付き、その場に倒れ込んでしまった。

 直樹は鏡の絶命を宣言したが、念のため玲たちも確認する。

「タロースに報告するとして、この子どうしよう?」

 朝日は心配そうにユリを見た。

「父親を殺したんだからめちゃくちゃ恨まれますよね……」

 玲もどうするのが正しいのか見当がつかない。

「恨み? 気にして何になるんだ。中度クラプターは殺処分する。だろ?」

 玲は直樹を止めようと走る。身体が勝手に動いていた。

 それは玲だけではなかった。

 玲の隣には頼もしい雄一郎の体躯があった。そんな二人に直樹は肩をすくめる。

「子供であろうとクラプターはクラプター。ここで温情を見せることに何の意味がある?」

 雄一郎の肩が震えている。

「うるせえ、ガキを手にかけるのを見過せるわけねぇだろが!」

 今日一番の苛立ち具合が伝わってきた。玲も思うところを述べる。

「鏡は自ら犯罪に手を染めていたんだろうし、娘にやったことは認めたくない。でも、彼女は父親を助けようとしただけですよ」

 今はクラプターから元に戻す方法はなくても、時間さえあれば突破口が開けるかもしれない。

 玲はそれくらいには魔法化学というものを信じていた。

「鬼丸。MaCHINZRマシンザーの職務を全うしろ。恩を返したいんだろう?」

「わ、私は……」

 その手の中には彼女が愛用している剣はない。苦渋で朝日の表情が歪む。

「大町班は問題児ばかりだな」

 ふっと笑うと直樹は発砲した。

 咄嗟に剣を出現させ、朝日は弾丸を弾いた。

「……鍋島先輩っ!」

「責められる謂れはないよ。私たちは別に正義の味方じゃない。任務の邪魔はよしてくれないか?」

 銃口を向けられて迷いが強まる中、玲は双剣を手にする。

(……仲間同士で争うことに何の意味があるんだ)

 雄一郎が直樹との距離を詰め、拳を放つ。

「性根を叩き直してやるよ。手加減はしねえ」

 直樹は銃を使わず、雄一郎相手に肉弾戦に応じる構えを見せた。

「殴られて変わる性根なんて持ち合わせてないだろ、私もお前も」

「いちいち細けぇなヤツだな……玲、手伝え!」

「そのつもりです……!」

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