Phase 20 想定外の戦闘と予想外の決着

 しかし、直樹は雄一郎の打撃をいなしたり、受け止めたりしながらも攻撃を忘れない。

 素人同然の玲が加勢しようにもタイミングが全く掴めなかったのだ。

「玲、グズグズするな」

「……二人ともレベルが高すぎますって」

 玲に背中を見せながら雄一郎が喝を入れる。

「俺や直樹の怪我なんか気にしなくていいんだよ。やれること、思いついたことバンバンやれ! こいつに参ったって言わせれば終わりだ!」

「……どうなっても知りませんから、後は任せましたよ!」

 玲はグッと双剣の柄を握りしめる。

「ふっ!」

 玲は振りかぶり、双剣を投げつけた。

 縦回転で直樹と雄一郎の方に飛んでいく。接近戦をしても邪魔になるだけと考えた玲が打てる数少ない手段だ。

「アイデアは悪くないね。ただ……練習不足だ」

 ギリギリのところで直樹に軌道を見切られ、避けられてしまう。

「はっ!」

 それでも玲は手を止めない。《OoLウール粒子》で物質生成した武器は気力が持つ限り、理論上は無限だ。

 直樹は雄一郎から距離を取った。

「そうだ、いいぞ!」

 玲は次々と投げていくが、だんだん頻度は下がっていく。実際の動作以上に双剣の生成は負担になっているのだ。玲は声なく最後の双剣を投げるも、結果は変わらない。

「雄一郎、お前が日高に何をやらせたいのか、意味が分から――っ!?」

 しかし、避けたはずの双剣が直樹の眼前に迫る。その双剣は《OoLウール粒子》のエネルギーを帯びていた。

直樹は咄嗟に避ける。

「……ぐっ!」

 双剣自体の直撃は回避した直樹だが、《OoLウール粒子》のエネルギーの塊は、彼の頭部にヒットした。

 直樹がその場に仰向けに倒れ込むのを見て、玲は全力で走り寄った。

「はあ……はあ……」

 玲は拾い上げた双剣を直樹の鼻先に突きつける。その背後から雄一郎がミスを指摘する。

「余裕こいてギリギリで避けてるから、そうなるんだよ」

「他人が生成した武器を……こんな手があったとはね。盲点だった。はっは」

 楽しげな笑いが直樹の口からこぼれる。

 盲点と言えば盲点なのかもしれない。朝日などはいつも自分で生成した剣を使うし、教師陣や多くの生徒もそうなのだろう。

「今回は……こっちの言うことに従って……もらいます」

 玲は息も絶え絶えだ。

「ああ、降参だ。正確に言うなら合格だ」

「は? 何言ってやがる?」

「困難な二択を迫られた時、三人がどう動くのか知りたかった。戦闘能力に問題はない。行動原理MaCHINZRマシンザーの方針に盲目的に従うだけではない。面白いチームになりそうだ」

 満足そうに直樹は立ち上がる。

「僕たちと戦うために、わざと……? 銃を使わなかったのも?」

「チーム入りしたら恐らくこんな機会は二度とないだろう? 弾丸はクラプター用。ミネルヴァスーツには効きやしないよ」

 玲は全身からドッと疲れが噴出してくる気分だった。真剣に戦ったが、直樹の手のひらの上だったらしい。

「そもそも本気で鏡の娘を殺すなら、鬼丸には弾くのが難しい角度で撃ち込むよ」

 朝日はムッとして眉間に皺が寄る。

「コイツが生徒会副会長様だぞ。どうかしてるぜ」

「鍋島先輩と仲がいい理由が、嫌というほど分かったわ……」

 朝日はじっとりとした視線を直樹と雄一郎に送っている。

「なんで俺まで悪いみたいになんだよ……!」

「そういうわけだ。三人ともこれからよろしく頼む」

 こうして今回の東京遠征の一応の解決とほぼ同時に、在学生チーム結成の最後のピースがピタリとはまった。



 その後、玲たちは意識を取り戻さないユリも車に乗せて、東京校へ向かった。

 車内で晴気と宮湖に相談し、ユリはMaCHINZRマシンザーの関連施設で保護することとなった。

「子供の中度クラプターは極めて稀だ。恐らくクラプター汚染の治療を試みることになるだろう」

「……この子がそれを望むかは分からないけどね」

 晴気も宮湖も予期せぬ難題に頭を悩ませている。タロースだけは鏡恭司たちの研究データを参考にして、ミネルヴァスーツを改良しようとやる気満々だ。

 通信を切ると、朝日は念押しする。

「帰る前に鍋島先輩はしっかり謝るんですよ? いいですね?」

「心配しなくていいよ。自分の落ち度には気づいている」

 朝日はまだ訝しそうにしているが、東京校が見えてきた。

 東京校の校門前で駐車すると、自転車に乗った生徒たちと遭遇する。どこかから帰ってきたようだ。彼らもこちらの姿を目に留め、何やら様子を窺っていた。

 スポーティーなサングラスとヘッドギアをつけていて、すぐには気づかなかったが、昨日出会った綴木つづるぎ双葉ふたばたちだった。玲たちが近づくと双葉が話しかけてきた。

「……任務、どうだった?」

 彼女の前に立った直樹が代表して答える。

「クラプターであり、未来技研の社長である男は処置したよ、部下もほとんど拘束した」

「さすがね、おめでとう」

 双葉の声は少し硬い。彼女の後ろに控えている東京校の生徒たちもどこかバツが悪そうな面持ちだ。

「東京校ではサイクリングが流行っているのか?」

 直樹は双葉の自転車に目をやった。

 玲もつられて自転車を見る。詳しくはないが、高級だと一目で分かるクロスバイクだ。フレーム部分に「KEY」とプリントされている。ブランド名か何かだろうか。

「運動と気分転換を兼ねて。きっかけは私が無理に誘ったみたいなものだけど」

「なるほどね、良い趣味だ」

「あなたも自転車乗るの?」

「いや?」

「……そう」

「それより昨日君たちに言ったことを撤回する。すまなかった、言葉が過ぎた」

 直樹は深く頭を下げた。

 一瞬東京校の生徒の間に動揺と困惑が広がる。

「謝らないで。悔しいけれどあなたたちは任務を遂行した。私たちは失敗した。正直ムカついたけど別に間違ってないし……」

「中度クラプターを中心とした組織だ。やられてしまうのも仕方ないよ、ましてや戦闘になると覚悟していなければね。不用意に近づいていい相手ではなかったというだけだ」

 直樹は自らうんうんと頷き、納得している様子だったが、覚悟なしと言われた双葉は若干青筋を立てている。

「……鍋島直樹、あなたも覚悟しておいてよね。絶対に見返してやるから!」

 双葉は踵を返す。これは彼女の表情を見なくても分かる。直樹は鎮火しそうなところに油を盛大に注いだのだ。

「私は覚悟などとうにしているが?」

 不満げに眉を顰める直樹に玲たちはため息をつくと、東京の地を後にするため空港へ向かった。



 その日の深夜。

 鏡ユリは担当者に引き渡され、未来技研で捕らえられた軽度クラプターたちとともに、MaCHINZRマシンザーが所有する高速鉄道車両で佐賀へ運ばれていた。

 気がついた時には彼らは既に施設内にいた。《OoLウール粒子》で物質生成した枷と鎖で繋がれていて、まるで囚人のようだ。

「ここ、MaCHINZRマシンザーの施設なんだよな?」

「俺たちクラプターを管理するって言うなら最新鋭だと思ったが、どうしてこんなに薄暗いんだ……気味が悪いな」

「うぅ……パパ……」

 ここはアルカディア本校の研究所の中でも厳重に管理されている。セキュリティレベルが極めて高く、誰が立ち入る権限を与えられているのかを知る者もいない。

 ただ一人、総司令である龍造寺りゅうぞうじ玄鉄くろがねを除いては。

 暗闇の奥から、クラプターたちの前に龍造寺玄鉄が現れる。

「なんだ、ジジイ?」

 着物姿の老人にしては巨躯だが、場違いな雰囲気さえある。無言ゆえ恐怖心が煽られる。

 そんな時、老人の形に変化が生じる。骨が変わる音が聞こえ、人を逸脱していく。

 眼前の光景に言葉を失っていたクラプターたちは次々に悲鳴を上げる。逃げようにも、彼らにそのような自由はない。

 形を成さない異形の腕が少女に迫る。

「…ば、化け物、何……こっち来ないでぇ!! 誰か、パパ助け――」


 わずか十分も経たずに室内は静まり返っていた。

ユリをはじめクラプターたちは全員床に倒れて、眠っている。立っているのは表情もなく頷いている龍造寺玄鉄のみだった。


《第5話 終了》

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