第6話 二つの決断

Phase21 膨らんでいく疑問

「……暑い」

 日高玲は学食へ近道しようと中庭に出て、数歩で後悔していた。

 夏服の制服でもこの暑さは堪える。

 むしろ肌がちりちりと焼けるような陽の光と気温が容赦なく襲ってくる。たまらず玲は小走りで学食がある建物に飛び込んだ。冷房で冷やされた空気が玲の身体を包み、噴き出た汗を冷やしていく。

 食堂内は人がまばらで、空席も目立つ。

 だが、それも夏休みに入ってからは見慣れた光景だ。長期休みで実家に帰省している者も多く、訓練や自主学習プログラムを受講している者も普段とは違い、時間をずらして食事を取るのが大半だからだ。

 カウンターに向かい、玲はマジック・デバイスであらかじめ注文した料理を受け取る。

「おーい、玲」

 適当な席に座ろうとしていた玲に声がかかった。振り向くと、大町雄一郎が手を振っていた。鍋島直樹と数名だが大町一派が一緒のテーブルにいる。

 先約があるわけでないので、玲は雄一郎たちと食事を共にすることにした。

 大町一派の先輩が「どうぞどうぞ」といった感じで雄一郎の正面の席を譲ってくれる。年上に席を譲られるのは気が引けるが、彼らは恩義を感じているらしく、以前玲が遠慮して断ろうとしても納得してくれなかった。

 玲は無駄な抵抗をせずに腰を下ろし、カレーを食べ始める。佐賀牛カレーとメニューにはあったが、かぼちゃ、トマト、なす、パプリカといった夏野菜もたっぷり入っている。佐賀牛は高級食材だが、特別なルートで格安で仕入れているらしく、手頃な価格で食べられるのでかなり人気がある。

「日高はカレーが好物なのか? 私と初めて対面した時もカレーだった」

「そうでしたっけ? まあ、好きですね」

 よく覚えているなと直樹に感心しながら、玲は答えスプーンを口に運ぶ。

「カレーはアベレージヒッターみたいなもんだ、だいたいの奴が好きだろ」

 うんうんと雄一郎たち大町一派は頷いている。

「まあ安パイだと言えるな」

「そういや、東京から移送したクラプターたち、あれからどうなったか知ってるか?」

 雄一郎はふと思い出したように直樹に尋ねる。

 東京遠征からもうすでに二か月以上経っている。鏡ユリらクラプターがあれからどうなったか知らない。しかし、玲は任務であったことを気づき、周囲を気にする。玲たちが在学生チームを結成していることは公表されていないのだ。

「秘密にしないとマズいんじゃ……」

「俺ら口は固いんで!」

 雄一郎が何か言う前に雄一郎の仲間の一人が答えた。彼は誘拐事件の時に救出した内の一人で当然事情は知っている。

「あー、大っぴらには言えねぇけどこいつらなら大丈夫だろ」

「絶対言わないっす! 雄さんたちの武勇伝めっちゃ言いたいですけど!」

 いきなり不安にさせてくる大町一派だが、雄一郎はまったく心配してないようだ。

(これが絆っていうやつなのかな)

 玲が雄一郎たちの関係に何か特別なものを感じていると、直樹はぴしゃりと言う。

「現状、大町一派の話を真面目に受け取る人間など皆無だ。気にするだけ無駄だ」

 身も蓋もない一言だった。

「はっは、違いねぇ」

 豪快に笑った雄一郎に冗談めかした感じで不良たちが続く。

「最近は授業にも時々顔出してますけど、クソほども信用されてません」

「俺なんか邪魔するなら来るなと厭味ったらしく言われましたよー」

「こういうやつらなんだ、昔からね」

 雄一郎たちの様子に嘆息する直樹。

「だが、知らないほうがいいこともある」

 直樹が不良たちを一瞥する。

「そっすね。雄さんたちに迷惑をかけたくないですし、俺らはお先で」

「そうか。悪ぃな」

 席を立った仲間たちに雄一郎は声をかけた。そしてその後ろ姿が離れたところで、

「んで、何を知ってるんだ?」

「東京で捕縛したクラプターについてだが、現在更生治療施設で過ごしている。ということになっているが、面会はできない。移送された直後の五月の時から状況に変化はないね」

 玲も鏡ユリらの現状を晴気や宮湖に尋ねたが、明確な答えは返ってきたことは一度もない。

「やけに詳しいな」

「殺処分が絶対になっている中度クラプターを治療するというんだ、興味があるに決まってるだろう」

「まあ、何でもかんでも殺すよりかはマシだわな」

 先ほどとは異なり、雄一郎は渋い顔で呟いた。

 それは玲も同感だった。

 在学生チームである大町班は四人になり、単体や少数の軽度クラプターが起こす騒動を解決するために出動することが多くなった。誘拐事件や遠征の時のように中度クラプターに遭遇する機会はほとんどない。

 しかし、任務で玲たちは色んなクラプターに出会った。

 手に入れた力で法を犯し危害を加える者は多かったが、図らずもクラプターに変容してしまい、人間離れした力に困惑する者たちもいるのだと知った。

 中度クラプターと判断されれば、MaCHINZRマシンザーにその命を奪われると情報共有されているのか到着した大町班を見て暴徒化するといったケースまであった。

「どうして中度まで達したクラプターは殺さないといけないんでしょう?」

 決して放置できる存在ではない。しかし、ユリのように中度クラプターで治療を目指すケースは極めて少ないようだ。その理由を大町班のメンバーは知らされていない。

「……MaCHINZRマシンザーもよくわからねぇこと多いよな」

 雄一郎はそう言って、残っていたコーラを一気飲みした。

「武力だけではなく、ある種の権力を有した組織だ。全てを詳らかにはしないし、情報は統制されている」

 直樹に断言されると、玲も少し怖くなる。

「あのクラッキング事件はマシンザーが逆探知することを見据えて、メタトロン側が仕掛けたデコイのせいだったんじゃないかって、晴気先生が教えてくれましたけど……」

 そこまで口にして、玲ではその情報を正しく判断できないことに気づく。

 凶悪なクラプターであり、MaCHINZRマシンザーの方針とは真っ向から対立していても巻き添えになっただけなのだ。そのせいで鏡ユリは肉親を失ったと考えると、玲はどうしてもスッキリした気分にはなれなかった。

「メタトロンの目的は相変わらずはっきりしない。が、タロースや理事長らはそう結論付けたらしいね」

「…………」

 何か証拠が見つかったのだとは思うが、メタトロンについては謎が謎を呼ぶそんな気配すらある。

「まあ、目的が何だろうと一般人に迷惑をかけるようなら、ぶっ潰すだけだ。娘の華凛が大人になる時には物騒なことが起きないようにしねぇとな」

 雄一郎の顔に迷いはない。これがまだ赤子の娘のために頑張ろうとする父親の顔なのだろう。微笑ましい気分になる。ただ玲は少しだけ華凛のことが羨ましく思えた。

「なら、午後からのミーティングサボるなよ?」

 雄一郎は一瞬嫌そうな顔をする。

「わざわざ全員が出る必要ねぇだろ……」

「これも平和な世の中をつくる小さな一歩ってことで」

 玲がカレーライスを平らげるのを待って、大町班の男性陣は少し早めに作戦指令室に向かった。

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