第5話 東京遠征の結末
phase 17 NIPPON未来技術研究所が拓く未来
「メタトロンとの繋がりもなく、先日のクラッキングにも関与していないということ?」
朝日は《
玲たちが移動した先はNIPPON未来技術研究所近くにある廃工場。前もって調査し、タロースと相談した上でここを使おうと決めていた。
少々埃っぽく閑散としているが、雄一郎たちが根城にしているゲリラ戦演習場の方がよっぽど荒れ果てている。
クラプター男性への尋問は雄一郎が強面で詰問し、朝日が宥めながら同じ内容を問い直すという役割分担で進んでいった。
直樹と玲は少し後方から軽度クラプターの男をじっくり観察していた。
メンチを切るように雄一郎は無言の男に顔を近づける。マスク越しでもかなり威圧的だ。
「嘘をついたら――分かるよな?」
ビクリと男は肥えた身体を震わせる。
「ど、どっちも知らない……だいたいクラプターが
雄一郎は睨みつけるのをやめ、玲や直樹の方を振り向いた。
「ダメだな。こりゃマジで知らねぇな」
「末端の研究員には教えられていないのかもしれないわね」
朝日も同様の見解だ。
「これからどうします?」
玲は尋ねた。研究員が戻らないことは未来技研も気づいているだろう。慎重に行動すべきだ。
そんな時、雄一郎は鼻をヒクつかせる
「ん……なんか臭くねぇか?」
玲もわずかに甘い匂いを感じる。
「外へ急げ! スーツ越しでも干渉して……!」
直樹の警告もむなしく雄一郎と朝日が膝から崩れ落ちる。玲は二人に近寄ろうとした。
「大町……さん、朝日……先輩」
けれど、玲も突然の強い眠気に抗えなくなっていた。玲はうずくまり、瞼を閉じることしかできない。
廃工場であるはずのドアが、音を立てながら下り始める。
「ふふっ……これはやられたね」
直樹のどこか楽しげな呟きは玲の耳に届かなかった。
名門と呼ばれる歴史ある私立小学校の教室――利発そうな面立ちの少年が称賛を受けていた。
「また鍋島くんが学年一位か……すごいな」
「この前はサッカーの大会でも大活躍で、チームを優勝に導いたって……!」
同級生だけでなく教師や大人たちも口を揃えて言う。
しかし、少年は浴びせられる称賛を振り払うように教室を出る。
直樹も以前はこの文武両道を謳った学舎に期待していた。切磋琢磨できる面白い相手がいるのではないかと。
そんな期待は入学一年も経ずに諦観に変わる。
直樹に挑んでくる者もなく、周囲は天才、神童と持て囃す。
その評価自体は直樹も妥当なものだと学年が上がるにつれ、納得していた。
勉学もスポーツも器用にこなせる直樹には挫折はないが、刺激もない。
「……つまらないことばっかりだ」
それが少年の口癖になっていた。達成感がどんなものだったのかも忘れてしまった。
だが、直樹には疑念と信念があった。
周りの人間たちが言うように本当に優秀であるなら――何かを為したい。
(自分が他人より優れた能力を持っているのなら、その力を使って自分が誇れるようなことを!)
きっと達成感や満足感の源泉となるモノが、どこかにあるはずだ。
「そうじゃなきゃ……何のために生きているのか分からないじゃないか」
鍋島直樹は己の渇きを満たすために、特別な才能が集まるという魔法化学士アカデミーへの入学を決めた。
「鍋島さん……起きてください、鍋島さん」
玲は直樹に呼びかけ続ける。
「ん……お互い無事のようだな」
大町班のメンバーは手足を氷の鎖で拘束され、パイプ椅子に座らされている。マジック・デバイスは奪われ、ミネルヴァスーツも解除されており生身の制服姿だが、全員怪我はない。気を失った部屋とは別だが、雰囲気から同じ建物内だと推測できる。
「お前、よく寝てたぞ……」
「休息ができたと考えれば、悪くないな。それにしても、まんまと罠にハマったものだね」
直樹は自分の姿を見ながらどこか感心したような声音だ。
「呑気なこと言ってないで、さっさと逃げないと!」
朝日は氷でできた鎖を断ち切ろうと身体を動かしているが、苦戦していた。
「くっ……うまく炎が……」
朝日は炎を操ろうと試みているが、氷の鎖を溶かすには至らない。
「俺も何度も火で溶かそうとしたけどよ、なんか気合いが入らねぇんだよな」
「ふむ。発熱するエネルギーを何らかの……」
直樹が何かを口にしようとした、そんな時――現れたのが白衣を着た
「予測通り、君たちがこの工場に来てくれて助かったよ」
神経質な顔立ちに自尊心がにじみ出ていた。鏡の手には玲たちのマジック・デバイスがある。
「……どういうこと?」
朝日の疑問に鏡はあっさりと答える。
「ここは私たち未来技研の所有物件なんだ」
「え!? でも、ここは……」
玲たちは計画を練る段階でどの物件を使用するかタロースを含め、大町班全員で検討した。その結果、NIPPON未来技術研究所とは無関係な企業のもので使用の許可を取ったはずだ。
「うちとは無関係な企業であると思わせるようにネット上の情報を改竄、AIに対応させて君たち
男は機嫌よく喋り続けた。
「つまり東京校の生徒が接触した時から対策を施していた、と。これはタロースがポンコツと言わざるを得ないね」
直樹はため息交じりだが、焦った様子は少しもない。
「なかなか賢い子がいるようだ。ただまだ子供だ。――君たちも彼らもね」
鏡はブレスレッド型のマジック・デバイスを玲たちに見せつける。
「
鏡は吐き捨てる。嫌悪に嘘はないだろうが、その口調は悦に入っているように感じられた。
朝日は不快げに鏡を睨む。しかし先に声を発したのは――
「御託は終わったかよ」
雄一郎は首を左右に動かし軽くストレッチすると、鏡に問いかけた。
「聞きてぇのは一つだけだ。お前もあのメタトロンって連中の仲間か?」
鏡は一瞬眉根を寄せたが、
「メタトロンという名は聞いたことはある。だが、それだけだ。何をしたい組織なのかも関知していない」
「クラプター同士でつるんでるわけじゃねぇのか」。
「ただ
「暴れまくるクラプターの被害を無視するんじゃねぇ」
鏡は大きく首を横に振った。
「全てのクラプターが暴れるわけじゃない。問題を単純化しないでくれ。そもそもクラプターは自ら望んでクラプター化したわけではない……それなのに!」
鏡の骨ばった拳が力強く握られる。
「クラプターであるだけで殺される! 普通の人間は罪を犯しても更生の機会を与えられるのにだ。まして罪を犯す前に殺される人間などいない。これを危険思想と言わず何と言う」
「ふざけないで……! クラプターによる殺人事件だって起きてる。残虐行為をやめることもできないくせに権利だけ主張しないで」
怒気を露にする朝日を鏡は見据える。
「確かに罪を犯したモノは裁くべきだ。であるならば法を改正しなければならない。君たちが行った拉致尋問も非人道的なものだということを忘れないでほしい。それとも……私たちクラプターは人間未満か?」
玲の目に映っているのは鏡の強い憎悪に反応して、その周囲に渦巻いている黒い霧だ。鏡の身体には大量の《
「否定できまい。なんと排他的なんと差別的!」
鏡のボルテージが上がっていく
「クラプターの優秀さ、その特異性を目の当たりにしながら無視する
共存の道はある。
鏡はそう主張する。
玲も罪は償うべきとは思うが、一方で殺す以外の方法はないのか、彼らを元に戻す方法は存在しないのか――そんな考えが今まで浮かんだことがないと言えば嘘になる。
殺す時に何も感じないというのは玲には難しそうだ。
人とは違うモノになったとはいえ、彼らは人の形をしているのだから。
(クラプターとともに生きる世界……本当に実現可能なのかな?)
自らの疑問に今の玲は答えを出せなかった。
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