Phase 38 大町班四人の答え

 試すような視線を四人に注ぐ晴気。いち早く反応したのは朝日と直樹だ。

「そんなことで揺らぐようならMaCHINZRマシンザーになんてなってないわ」

「想定が甘いですね。問題が起きればクラプターを放置している政府を非難するようになります。MaCHINZRマシンザーの仕事はきっと変わりませんよ」

 晴気は直樹から反論を受けても、表情を変えず小さく頷くだけだ。

「俺もやることは変わらねぇだろうな。好き勝手しやがるクラプターから家族や仲間を守らねぇとな」

「友人を倒したくないとチームを離脱していたのに、本当にそれができるのかな? 想像以上につらい体験になる。友達を喪うというのはね」

 晴気は再び雄一郎に揺さぶりをかける。

「当たり前だ、石動のやつは助けたい。今でもそれは変わらねぇ。だからって俺が何もやらないでいい理由にはならないんだよ」

 その答えに納得したのか雄一郎に興味をなくしたのかは分からないが、晴気は玲に近づいてくる。

「日高玲くん、君はMaCHINZRマシンザーを続けたい?」

「……クラプターを裁く法律がない以上、今のMaCHINZRマシンザーの活動は止められないです」

「そう。クラプターを人の枠組に入れて考えないといけないんだ」

 満足そうに晴気は玲の言葉を引き継いだ。

 クラプターを人道的に扱うべきという意見は過去にMaCHINZRマシンザー内部から幾度となく上がっていたらしい。

 しかし本当に晴気が目指すクラプターとの共存ができるとしても、ルールと抑止力は必要不可欠だ。無法のまま受け入れることは誰も認めないだろう。《OoLウール粒子》で物質生成した拘束具など身に着けてもらうことになるかもしれない。

 考えれば考えるほど、共存の道は険しさを増す。

「だが、龍造寺が拒んでいる。あの男が今の地位に居続ける限り不可能だ。クラプターへの宥和策を取るつもりは一切ない」

「それは総司令がクラプターの危険性を熟知しているからでしょ……」

 朝日は擁護するが、龍造寺の頑なさが少しだけ気にかかった。

 中度クラプターの脅威とそれがもたらす被害は以前晴気から聞かされている。いずれ大災害級の悲劇を引き起こしかねない――大規模時限爆弾のような存在だ。

 しかし、クラプターを隠蔽し続けることが最善なのだろうか。クラプターによる被害を抑えることはできても、家族がクラプター化した者が助けを求めて訴え出たらどう対処するのか。

(クラプター化した家族や友人を喪った人は……今まで、どうしていたんだろう?)

 今考えただけでも龍造寺のやり方には様々な問題が隠されているような気がした。

 だが、龍造寺を断罪する晴気にも聞かなければならないことがある。

「龍造寺理事長を排除……それは殺すってことですか?」

 今日晴気がクラプターを率いて、アルカディア校を攻め落とそうとしたことで怪我人や死者が出てしまっている。

 人の命を奪う――それを目的のために許容していいとは玲には思えない。

 ただ、晴気をまだ信じたい気持ちが残っている。玲が魔法化学士として戦えるようになったきっかけの一つに彼の存在があるのは確かだからだ。

「それしか方法がないからね」

 晴気は『殺す』とは口には出さなかった。

「クラプターを治療せず拘束していて、存在が露見することはない。人から逸脱したモノと定義してしまえば、処置する際に良心の呵責を強く意識することもなくなる。とても合理的なやり方だよ、今の社会を守るためのコストが最小限で済む」

「総司令は……やっぱり間違ってない」

 朝日の自らを言い聞かせるようなつぶやきに、晴気はそっと目を閉じる。

「あの男にも確固たる信念があり、行動している。その結果がこの学園でありMaCHINZRマシンザーだ。説得で意見を変えるようならこんなことはやらずに済んだ。クラプターでない者、クラプターを知らない人は心穏やかに過ごせる……だが、クラプターは違う。彼らにも未来を拓かないといけないんだよ」

 穏やかだが、切迫した声が静かに響く。

「じいさんを殺したところで、世間がクラプターを人として認めるか分からねぇ。博打が過ぎんだろ!」

 雄一郎が怒気を含んだ一声で返した。

「もちろん時間はかかる。けれど第一歩を踏み出さないわけにはいかないんだ。世界はクラプターを知る。その日はそう遠くないよ」

「知ってもらうだけなら――」

 玲はどうしても晴気を踏みとどめたくて声を上げたが、

「必要なことなんだよ、どんな犠牲を払ってもね」

 最後まで言うことはできなかった。

 どんな犠牲を払っても――それを聞いた瞬間、怪我をした宮湖の顔やあの場で嗅いだ血の匂いが蘇ってきて、玲の頭から離れなくなってしまった。

 早くなった心臓の鼓動を落ち着けるため、玲は大きく息を吸う。

「もうあなたを先生だとは思わないわ」

 誰かがそう言った。

「なんでクラプターに肩入れするのか知らねぇが、そこまでの覚悟なら仕方ねぇ」

「倒すしかない。分かりやすくなってよかったかもしれないな」

 そんな声も続く。場の空気が張りつめる。

(戦う気だ。僕も戦わないと……)

 玲にはまだ晴気との戦闘がうまくイメージできずにいた。



 雄一郎たち三人はすぐに動いた。

 接近戦を得意とする朝日と雄一郎は、晴気との距離を詰める。

 晴気は朝日に合わせて物質生成した剣で一太刀をいなすと、雄一郎に向けて炎を放つ。

「……こんなんでビビってられるかぁあ!」

OoLウール粒子》を帯びた拳で炎を打ち抜く雄一郎。

「やるね」

 直樹を含めた三人の初動に晴気は感心する。

 前衛を援護するよう晴気の動きを鈍らせようとする直樹の狙撃も、派手ではないが並のクラプター相手なら有効だ。

「総司令を、殺させたりしない……!」

 朝日もすぐに態勢を整えると再び晴気を斬り付ける。前言通り敵と見定め、攻撃に迷いがない。

 繰り出される鋭い連撃を晴気は打ち返していく。

 朝日の意志を削ぐように、勝てないと自覚させるために同じ攻撃手段で相対している。

「くっ……」

「剣術の腕の差ではないよ」

 朝日はその指摘に動揺し、動きに微かな淀みが生まれる。

「魔法化学士としての精度の違いだ」

 晴気の持つ剣が淡い光りに包まれている。

「《OoLウール粒子》の反応が強まるように確固たる意志を持つことが大切だ」

 晴気の一刀が朝日の剣を砕く。

「なっ!?」

 驚く朝日が再び剣を生成する前に、晴気は横薙ぎの一撃を食らわせる。呼吸ができなくなった朝日はその場に倒れ込む。

「鬼丸くんの龍造寺を守りたい気持ちは嘘じゃないのだろうね。ただ何か大きな迷いがあるね」

 朝日は顔を上げようとするが、痛みで力が入らず蹲るしかなかった。

 晴気は動きを止めず、雄一郎を間合いに捉える。

「いいぜ、きやがれ!」

 晴気は目の前で剣を消し、拳に意志を込める。

「っ!」

 一瞬虚を突かれた雄一郎だが、拳同士のぶつかり合いが始まる。その都度空気がかすかに震える。

「ははっ、こんな戦いもできるのかよ」

 顔や身体に数発もらうが、雄一郎は気力は十分で戦闘態勢を崩さない。

「こっちの得意なやり方でやってくれるのは有難いけどよ。後悔させてやるぜ」

 雄一郎の拳も晴気を捕らえ始める。しかし、有効打は決まらない。雄一郎が反撃に備え構えた時、晴気の背後を銃弾が襲う。直樹だ。

 雄一郎は見逃さない。

 晴気が銃撃に対処する一瞬、雄一郎は脚に力を籠める。次の一撃で終わらせると決意を乗せて。

「ぐああああッ……!」

 苦悶の声――ミネルヴァスーツと骨が砕ける音が混ざる。

 雄一郎の蹴りは、晴気の肘と膝で挟まれそのまま膝を破壊される。

「君の力は目を見張るほどだ。喧嘩慣れしていて、簡単には怯まない。けれど、力任せなだけでは怖くないよ」

 うめき声を漏らす雄一郎に興味をなくした晴気は直樹にダメ出しする。

「敵が強靭になればなるほど、銃撃で仕留めるのは難しくなる。ミネルヴァスーツの性能を忘れているのではないかな? 加えて私はクラプターじゃない」

 晴気は手の周囲に氷のつぶてを生成し、直樹に向け飛ばしていく。

 銃では防ぎきれない数だと判断し、直樹は氷で防壁を作る。

「基本はできている。けれど――」

 晴気は自分の氷の礫ごと《OoLウール粒子》で発生させた炎で一気に溶かし切ると、再び氷の塊を連射。

 狙撃された直樹は、ミネルヴァスーツの一部が破損してしまう。

「バカな……氷程度であり得ない……」

 破損個所に晴気が生成した矢じりは的確に刺さっていた。

「生徒としては遠近どちらの戦闘も合格を上げられるけど、単独での実戦には少し足りないね。裏をかく時はその裏をかかれないように最悪を想定しないと、失うものは増えていくよ」

 目の当たりにした晴気雪也の実力は圧倒的だった。

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