Phase 14 狙われた作戦指令室。

 食器を急いで片づけた玲は、小走りで朝日の後を追う。

 玲は朝日の様子に違和感を覚えていた。たしかに雄一郎の提案は独断専行で、軍に所属するMaCHINZRマシンザーとしては問題行動だ。が、直樹は優位性や面白さといった特異性を示せと言ったのだ。玲の瞳は今のところオンリーワンであることは間違いない。他のMaCHINZRマシンザーと協力したり、この間の事件の時のように許可を得ればいい。

(でも……朝日先輩は)

 雄一郎のアイデアに微修正を加えることなく切って捨てた。

 代替案があるなら構わないが、玲には少し不自然に思えた。

(何かに焦っているというか……)

 思考を巡らせていると、朝日の揺れるポニーテイルを玲の視界が捉えた。

「朝日先輩!」

 中庭につながる廊下で朝日は立ち止まると、

「……何?」

不機嫌そうに朝日は振り返った。玲はすぐに用件を口にする。

「僕も手伝います。一人で考えるより効率的ですし」

「そうね……できるだけ早く鍋島先輩にはチームに合流してもらわないとだし」

 玲と朝日はそのまま中庭へ向かった。春の陽気が心地よく、昼休みにはここで弁当を食べる生徒たちは少なくない。

運よく空いていたベンチに二人は腰を下ろす。朝日は小さなため息をつく。

「はぁ……条件を出すにしてももっと具体的にしてほしかったわ」

 それは玲も同感だった。

 直樹が良いと思えば何でもいい。そんな雰囲気さえあった。

「あの大人不良も乱暴な提案しか言わないし……!」

 彼女の雄一郎への不満はまだ消えそうにない。だが、玲もたくさんアイデアがあるわけではない。今言うしかないのだ。

「大町さんの案ですけど……」

 しかし、今の発言が雄一郎の擁護に映ったのか朝日は玲に顔を近づけ、

「あの男に頼まれてもクラプターの討伐なんて絶対しないで。いいわね?」

 朝日に凄まれて、玲はコクコクと頷くしかできなかった。

MaCHINZRマシンザーとして正しくないと……そうじゃなきゃ、ダメ」

 正しくないと、朝日の目的や望みが叶わないということなのだろうか。玲の脳裏に疑問がよぎったその時――

「朝日さん、こんなところにいた~」

 声の方も向くと、三人の女子生徒が歩み寄ってきた。

「もうお昼って、食べた?」

 えぇと朝日は短く返した。すると、別の少女たちが口を開く。

「なんかさ、担任が探してたよー」

「あ、もしかしたら次の授業でアシスタントをしてもらいたいとか?」

「ならさ、デバイスに連絡すればよくない?」

「わかるー、めんどいよね」

 朝日の同級生たちの会話は続く。

 玲が編入してしばらく経つ。けれど朝日が学園生活で誰かと話しているところを見たのは今日が初めてだった。親兄弟や交友関係を積極的に知ろうとはしなかったのは事実だが、玲は彼女自身のことをほとんど知らない。

 そして、玲は朝日のほうをもう一度見る。

「そうね。ちょっと職員室に行ってみるわ。ありがと」

 マジック・デバイスを確認した朝日は立ち上がる。

「悪いけど、放課後少しつき合って」

 朝日は一言だけ玲に言い残すと、職員室がある教務棟に足を向けた。

 朝日のクラスメートの一人が両手を合わせ、玲にぺこりと軽く頭を下げる。

「ごめんね~。何か用事があったみたいなのに」

 間を開けることなく、三人が矢継ぎ早に玲に話しかけてくる。

「最近鬼丸さんと一緒にいる中学生くんだよね? やっぱり仲いいんだぁ」

「あ、ひょっとしてつき合ってる?」

「だから、一緒にいたってこと!? くっ……年下なのに私より進んでる!」

 身勝手に、そして楽しそうに盛り上がる高等部の先輩たち。けれど、このままにはしておけない。

「ま、待ってください。僕と朝日先輩はそんなんじゃないです」

 否定しても余計からかわれるかもしれないと、玲はどういう関係なのか整理する。先輩と後輩。魔法化学士の在学生チームのメンバーだが、言うことはできない。ただの先輩後輩で納得してもらえるだろうか。

 しかし次の瞬間、玲が耳にしたのは意外な言葉だった。

「だよね……鬼丸さん美人だけどちょっと怖いし」

「笑ったところもあまり見たことないしね……」

 三人はハッとしてあからさまに慌て始める。

「あ……悪口じゃないよ! 真面目でちょっと取っつきづらいだけで、みんな頼りにはしてるし」

 追従するように二人も頷いている。

 玲は気づいてしまった。クラスの人間関係において朝日が若干距離を置かれる微妙な立ち位置である可能性に。

(朝日先輩がそうまでしてMaCHINZRマシンザーを目指す理由は何なんだろう?)

 玲は何となく朝日が歩いて行った方向を眺めていた。



 アルカディア本校指令室、そこは魔法化学研究の最先端であり、クラプター対策の最前線だ。常ならば闊達な議論はあれど怒気の含んだ声と取り乱した口調が飛び交うことはない。

 しかし、警告音が鳴り響いていた。

 映し出された巨大ホログラムモニターには、少女型AIの姿はなく無機質でありながら挑発的な文章だけだった。

 ――自分たちはクラプターを救うための活動をしている。

 ――君たちのように『有害だから排除する』というやり方は傲慢で排他的だ。

 ――これ以上私たちに関わろうとするな。君たちのためにもならない。

 ――そちらのセキュリティ突破が容易であることからも、分かるだろう?

「タロース、状況を報告してくれないか!」

 晴気雪也はれぎゆきやが自らのマジック・デバイスを操作しながら、呼びかける。彼の顔にも焦りの色が滲んでいた。

 しばらくしてモニター上に漂うタロースが現れる。同時に警告音はピタリと消えた。

『コントロールは完全に取り戻した……! うぅー、ボクがいながらなんて醜態!」

 メッセージは消えるが、タロースは達成感よりも悔しさという概念が出力された表情を浮かべている。

「それよりも原因は?」

『十中八九……中度クラプター級によるクラッキングだよぉ』

「被害……生徒たちへの影響は!?」

 宮湖が急かすようにタロースに尋ねた。

『被害はさっきのメッセージの表示さ』

「ん?」

 キョトンとした宮湖にタロースは苦々しく回答した。

『本当に……あれを見せつけるためだけにボクが構築したセキュリティを突破したんだ。むー……』

 晴気は訝しげにタロースを見つめ、宮湖は首をかしげている。

『魔法化学の機密や関係者の個人情報を漏洩させたり、MaCHINZRマシンザー運用システムを破壊する……なんてことは一切ないよ!』

「なるほど。それでAIとしてのプライドが傷つけられて、ぷんぷん怒ってるのか」

『こんな挑発を受けて雪也なら怒らずにいられるかい!? 情報を抜かれたほうがまだマシだよぉ!』

「重大なエラーがあるね。これは」

「あらら、タロース壊れちゃったのね」

『壊れてない、ボクは極めて正常だ! 絶対犯人の居所を掴んでやるぞー!』

 感情的に振舞うタロースの瞳が一瞬七色に輝いた。

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