Phase 15 龍造寺玄鉄による指名

 放課後。玲は朝日と合流した直後、本日二度目となる呼び出しを受けた。

 赴いた作戦指令室には宮湖だけではなく雄一郎や直樹もいた。そこで知らされたのは――

「クラッキングされたっ!?」

 不意に朝日と玲の声が重なる。

 曰く被害は挑発的な告発文のみだったが、タロースは奮起したらしい。

『形跡を復元して、居所は特定したところさ』

 得意げなタロースが続ける。

『仕掛けてきたのは東京にあるNIPPON未来技術研究所。クラプターが潜んでいるにせよ利用されたにせよ、丸裸にしてやる。ボクを侮った報いだ!』

 タロースが《捜索魔法》を行使中、玲はふと疑問に思ったことを口にする。

「犯人がクラプターって可能性あるんですか? 支援者じゃなくて?」

 残されたメッセージから玲はそう推測した。

「汚染が進行したクラプターは、知性が異常発達する場合があるんだ。その頭脳をフル活用して残虐な悪事を働くわけだ。きっとタロースや先生方はクラプター相手だと想定して動いているよ」

 直樹は玲の疑問をさらりと答えつつ、宮湖を見た。

「タロースが管理するシステムに一時的にでも干渉できるとなると、そう考えざるを得ないのよねぇ」

「……なら、またメタトロンって組織の仕業なのかな」

 玲が知るクラプターの組織は多くないが、以前上層部が危険視していると朝日から聞かされた。朝日も眉間に皺を寄せている。

『メタトロンと関係する組織かはまだ定かじゃないけど、かなりキナ臭そうな研究所だね、ここ』

 タロースは調べ上げた事柄を列挙していく。

日本の名を冠してはいるが、西ヨーロッパ諸国の投資家たちにより設立されたエネルギー資源関連の会社だ。しかも、この会社は不自然なほど海外の民間軍事会社と取引をしていることが分かった。

『それだけじゃない。 何度も仲介を挟んで、ウラル周辺の軍閥へ送金している形跡があるんだ』

「一体何が目的だ? 日本でテロでも起こすつもりかよ」

 雄一郎は意味が分からないという顔だ。玲も首をかしげる。どう見てもただの民間研究所ではないことは明らかだった。

『ボクにケンカを売ったんだ。その何かをする前に叩き潰せばいい!』

 過激なことを口走るタロースに朝日が問いかける。

「結局クラプターとの関係はどうだったの?」

『研究所周辺の映像データを発見した。だから、玲に見てほしいんだよ』

 状況証拠のようなものは数あれど、決め手がなかった場合の奥の手として玲が呼ばれたということらしい。目の前に研究所周辺の防犯カメラで撮影された映像が流れ出す。

「映像でも黒い靄って見えるものなの?」

 朝日に返答しながら、玲は映像を見続ける。

「肉眼で見るよりは薄っすらとですけど……あ、ちょっと戻して止めて」

 微かに黒い映像ノイズがチラついた。眼鏡をかけたやや神経質そうな風貌の男が通った箇所だ。

「ここ、黒くなってますか?」

 指さした玲に皆一様に首を横に振った。

「さっき映った男の人がクラプターの可能性が高いです」


 玲が引き続き映像を見ると、複数人から同様の映像ノイズが確認された。

 また玲が最初に目に留めた眼鏡をかけた男の正体がタロースからもたらされた。MaCHINZRマシンザーのデータベースには過去は接触したクラプターの情報が集積されているためだ。

ホログラムモニターには男の正面写真が表示される。

『この男の名は、鏡恭司かがみきょうじ。以前他のクラプターたちと共謀し二度も事件を起こそうとしているよ。逃亡して身を隠したと思ったけど、東京にいたとはね……』

「ひとまず東京校に連絡を入れておくわね」と宮湖はマジック・デバイスに触れる。ふと直樹が小さく手を挙げた。

ゆずりは先生。この件、私に任せてもらえませんか?」

 玲も朝日も脈絡のない発言に目を見張った。しかし、宮湖はニコリと一言だけ。

「ダーメ、君はまだ正規の魔法化学士じゃないでしょ」

「ですが、雄一郎たちは任務をこなしたと聞きましたが?」

 引き下がらない直樹に雄一郎は苦笑している。

「あれは曲がりなりにもチームとしての任務だったし、状況が整っていたから」

 滔々と理由を述べていく宮湖であったが――

「であるならば、大町班とともに鍋島直樹を東京へ派遣すればいいのではないかね」

 突然聞こえてきたバリトンボイス。現れたのは龍造寺玄鉄りゅうぞうじ くろがねだ。

「そ、総司令!? 本気ですか!?」

「宮湖くん、考えてみたまえ。MaCHINZRマシンザーの数はいまだ限られている。人口の多い東京では事件発生率も低くないのだ」

「総司令が仰るなら、準備しますけど……」

 宮湖は心配そうに玲たち四人を見つめる。

「君の心配も分からないではない。――大町班ならびに鍋島直樹に任務を与える。東京校の者とも協力し、事に当たってくれ」

「はい!」

 誰よりも先に朝日の短い凛とした声が響いた。



 翌日、玲たちを乗せた飛行機が東京に到着したのは正午過ぎ。

 東京校は三鷹にあり、くだんのNIPPON未来技術研究所は立川にある。待ち合わせ場所である新宿まで移動すると、約束の時刻までしばしの自由時間だ。そこで、玲たちは賑やかさに圧倒される。

「……すごい人の数ですね」

「ええ。知ってはいたけど、体感するとね……」

 アルカディア本校がある佐賀も大きく発展を遂げたが、それは研究学園都市としての側面が強い。人の密度と娯楽施設の数では東京を超える日本の都市はない。

「なんか美味いもんでも食いに行こうぜ。任務の前には腹ごしらえしておかないとな!」

「何にするか決めるだけでも時間が無くなりそうですね」

「そんなこともあろうかと昨日のうちにリサーチ済みよ」

 玲や朝日の声も心なしか弾んでいた。

「いや、ゆっくり食事を楽しんでいる暇もなさそうだよ。見てごらん」

 一人浮かれずにいた直樹がマジック・デバイスを起動していた。

 三人も急いで確認する。東京校からの連絡が入っていて、次の一文が目に飛び込んできた。


 ――NIPPON未来技術研究所を調査していた東京校の在学チームが負傷。



 知らせを受け、玲たちは手配された車で東京校へ急行する。

 東京校の作戦指令室で、軽傷だった生徒数名が待っていた。自己紹介を簡単に済ませ、事情を聞いた。

「昨日の打ち合わせでは、作戦決行は私たちと合流後のはずでしたが……どうしてこんなことに?」

 朝日は訝しみながら、東京校の女子生徒――綴木つづるぎ双葉ふたばに尋ねた。

 双葉は内巻きの髪を軽く揺らし、居住まいを正す。

「実は……」

 包帯の巻かれた手の甲をさすり、双葉は気まずそうに話し始める。

東京校の在学生チームが独断でNIPPON未来技研を調査しようとした理由。それは佐賀のアルカディア本校へ対抗心だった。誘拐事件の話を聞き、負けたくないと躍起になってしまい、先走ったという。

「みんなを諫めて思いとどまらせるべきだったのに……」

 高等部三年生の双葉は責任を感じているのか、おのずと伏し目がちになる。

「凡人は身の程を弁えないとね。独断で動いたのなら最低限結果くらいは得てもらわないと話にならないよ」

 辛辣な言葉に双葉は顔を上げ、キッと睨む。他の東京校の面々も剣呑な雰囲気になる。彼らが失態を犯したとはいえ、玲も余計な一言だとしか思えなかった。

「……へぇ、あなたなら結果を残せるって言うのね?」

「まあ、そのために志願しているからね」

 さも当然と言わんばかりの直樹の様子は相手の神経を逆なでする。

「任務中は独自の判断も必要だろうが、何の相談になし動くほどイノシシじゃないよ」

「イノシシ!? あなたねぇ……」

 傍から見て双葉の怒りは爆発寸前だ。

 玲は場の空気にオロオロし始めるが、雄一郎は双葉と直樹のやり取りにクハっと噴き出した。

「あいつ、性格はぜんぜん優等生じゃないだろ」

「笑い事じゃないですって!?」


 朝日は大きなため息をついた。

 しかし、気に留める者は室内にいない。直樹のせいで東京校との連携はかなりやりにくいものになってしまった。

 直樹、雄一郎、そして玲も能力が高いことは朝日も認めている。

ただMaCHINZR[ルビ:マシンザー]としての資質を問われれば、不安が残る。編入生である玲だけではなく、目的のためなら軍規を破りそうな雄一郎や予想に反して協調性を見せない直樹とともに遠征ミッションに挑まなければならない。

 任務失敗という最悪の未来が、朝日の脳裏によぎる。

直樹に食ってかかる双葉を朝日は見つめる。朝日は、双葉たちの成果を求める気持ちを否定することはできなかった。成果は自分の価値を、意味を分かりやすくしてくれる。

(総司令の期待に応えるためにも……私が何とかしないと)

 両親を失って絶望の中にいた朝日を遠戚にあたる龍造寺が引き取ってくれて、魔法化学士の道を開いてくれたのだ。

 自身の未熟さを自覚しながらも、朝日は緊張感を高めていった。

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