Phase 3 魔法剣士の舞
「ぐっ……!」
苦痛に少女の顔が歪む。間一髪のところで後ろに飛んだが、完全には避けきれなかった。中度クラプターは教えられていた以上に危険な存在だ。
「朝日……戦闘継続は可能?」
刀を振るって戦う少女――鬼丸朝日の視界に妖精のように小さな少女が現れた。やや幼さが残る女の子のような音声だけれど、気遣いが感じられる。
「……もちろんよ」
「それなら、ミネルヴァスーツを装着したほうがいい。今のキミには使用許可が出ているんだから」
薄い紫色の髪をツインテールに結っていて、見た目からは子供にしか思えないが、その正体は超高性能AIのタロースだ。任務に赴く魔法化学士をサポートしてくれる。
朝日はアカデミーから支給されているブレスレット型のマジック・デバイスに指先で触れた。
すると、朝日の身体は粒子に包まれる。あっという間に制服から戦闘用ボディスーツに切り替わり、頭は硬質なマスクで覆われる。目のあたりを覆うシールド部分は、透明度と装着者の視野を十分確保している。
「ありがとう。油断できる相手じゃないものね……」
「初の実戦任務だ。こういうことをサポートするのもボクの仕事さ。それに、日高玲くんとのファーストコンタクトは今の格好より制服姿のほうがいいに決まってる。顔を隠したままじゃ不信感を拭い去るのは難しいよ」
「そういうもの?」
「うん。何より朝日は顔がいいもん。高性能AIの判断を信じてくれていいよ」
「…………」
冗談なのか本気なのか分からないことを言うAIの発言は無視に限る。しかし、おかげで余計な緊張は薄らいだ。息を吐き出し、朝日は刀を握り直す。
対峙する男の瞳は敵意を宿している。手負いの獣だ。
朝日の保護対象である日高玲の確保をすることが、相手の目的であるとしたら彼に危険は及ばないはずだ。戦いに専念できる。
ただでさえ中度に達したクラプターは残虐性が増している。他のことを気にかける余裕はないのだ。
「うおおおおおぉぉっ!」
咆哮が朝日に迫る。先ほどよりも速い。男の拳を避けられないと悟り、朝日は刀の鍔で拳を受ける。
「くっ……!」
特別製の刀の鍔は無事だが、今まで以上に拳は重い。力を逃がすこともできず、
「ぶっ潰れろぉおお!」
吹き飛ばされた朝日。すかさず着地のため、後ろを見た。
しかし、視界に入ったのは壊れた大型バン。朝日は利き腕の右腕からバックドアガラスに衝突。余勢で頭も打ち付けた。
「うあぁ……ぁっ!!」
激痛が走り、朝日が呻き声を零す。朝日の身体は地面に落ちる。
「ふははははは――!」
男の耳障りな高笑いが反響するように聞こえる。どれほど声が近づいているのか今の朝日には判断できない。
「朝日!?」
心配するタロースの声に朝日は何とか答える。
「大丈夫……任務はやり遂げる」
その宣言は自分を鼓舞するためでもあった。朝日はいつでも動けるように体勢を整える。
「はぁ……はぁ……」
右肩の痛みは消えない。それでも、対クラプター用に造られた刀を落とさぬように朝日は力を入れる。力はまだ入る。
(……絶対に負けられない。私は信頼に応えてみせる!)
刀身に光が宿った。
朝日の意志に
朝日は次の一撃に勝負をかける。先ほどから男は氷の防御膜を使ってこない。怒りのためか慢心ためか、理由は定かではない。だが、それなら勝機はある。
朝日は集中し、男が接近する気配を探る。
すぐに追撃は来なかった。
男の革靴を視界に捉えた瞬間。朝日は飛び上がり、
――切り裂くような一閃。
左下から右上に斬り付けた。ありったけの想いを込めて。
スーツの男が道路に仰向けで倒れ込む。
彼女が制服姿から身体のシルエットが分かる格好に突如変わった時は、状況が呑み込めず新手かと驚いた玲だったが、勝敗は決した。
ポニーテイルの剣士少女が勝利したのだ。
周囲から黒い霧が消えたことに安堵し、玲は彼女のもとに駆け寄る。助けてくれた礼を述べるためだ。
しかし、彼女は刀の切っ先を倒れた男の顔に向けていて、話しかけられる雰囲気ではなかった。男の胴体につけられた大きな刀傷も生々しく、このままでは確実に死に至る。
いつの間にか魔法化学士アカデミーの制服姿に戻っていた少女は険しい表情で今も男を見下ろしている。
「あなたはメタトロンの一員? メタトロンという組織について何か知っていることは?」
「……違う。そんな組織は……聞いたことが、ない」
男は荒い呼吸をしながら、質問に答える。
「嘘はつかないことね」と少女はブレスレット型のマジック・デバイスを取り出し、液晶の面を上に向ける。キラキラとした光の粒子とともにホログラムが生成される。女子小学生といった趣のホログラムだ。
「それでボクの出番ってわけだね、朝日?」
「ええ、お願い」
「超高性能AIタロースちゃんにお任せあれ~」
タロースはスキャニングするように横たわる男に淡い光を当てる。
「どれどれ~?」
光は男の全身を何度も何度も行ったり来たりさせている。タロース自身も左右に小首をかしげ続けている。結った二つの髪が一緒にぴょこぴょこ揺れる。
「本当に何も知らないみたいだね、嘘をついている兆候は見られない」
「なら、情報は得られないわね」
そして、朝日と呼ばれている少女はこともなげに男の心臓を刀で一突きした。
「え」
一言も漏らすことなく、男の身体は動きを止める。数秒前まで上下していた胸板は微動だにしない。
人の死――玲は突然の出来事を受け入れられなかった。
「な、なんで……?」
玲は目を見開き、朝日の方に顔を向けた。
「この男はクラプターよ。人間に害をなす存在、既に人間ではないの。あなたも被害に遭うところだった」
玲に朝日の真剣なまなざしが飛んでくる。朝日の言うことは事実かもしれない。人間とは思えない怪力と運動能力だと玲も疑う余地はない。あのまま連れさられていたら、死んでいたかもしれない。
それでも、一つの生命が消えたという事実が玲の心をざわつかせた。
「そして――クラプターを処理するのが私たちの任務」
冷酷な宣言。颯爽と現れて危機から玲を守ってくれた時に抱いた朝日への印象とはまるで違う。玲の心臓がドキリとした。
「こらこら、朝日。怖がらせるのは良くないぞー」
タロースが朝日をたしなめるように言う。責められる謂れはないとばかりに朝日は無言だ。朝日の持っていた刀が粒子になって消えていく。
そんな朝日に小さくため息をつくと、タロースは玲の方を向き直る。
「いきなりじゃ少し刺激が強かったかもね。これからは安心していいよ」
「タロース、甘やかさないで。危機感がないままじゃ困るの。戦闘中すごく邪魔だったし」
朝日にちらりと睨まれ、玲は反論を試みる。
「邪魔をしてるつもりは……」
「せっかく遠ざけたのに呑気に近づいてきたでしょ……」
「あれは黒い霧が消えてたから、大丈夫だと思って」
「はぁ? 黒い霧?」
訝しげに朝日が聞き返す。
玲は心臓がキュッと締め付けられる。
ひょっとしたら朝日も自分と同じように見えているかもしれないと期待してしまった。結局は玲の見当違いなのに。
「あ……えっと、なんて言うか……」
誤魔化そうとあたふたしてしまう玲をよそに朝日は小さな銃を向けている。銃口は極めて小さい。
「……!」
玲が気づいた時に腕にチクリという感覚が走った。急速に眠気に襲われる。
曖昧になっていく意識の中で、ふらついた玲は朝日に抱き止められた。
「ボクは穏便に来てもらうこともできたと思うよ……?」
「総司令をあまり待たせたくはないから。車を回してもらって」
「じゃあ、
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