Phase 40 道しるべのない未来のために

 血を流し倒れた晴気に玲は何度も呼びかけた。

 しかし、大町班のメンバーでは応急処置もままならない。

 自分で重傷を負わせておいて身勝手が過ぎると分かっていても、玲はどうにかしたかった。

「気に……病むことは、ない。君は……MaCHINZRマシンザーとしての仕事をこなした、だけさ」

「でも、先生はクラプターとは……」

「違う」と言いそうになった玲だが、言葉を飲み込む。晴気は決して喜ばないから。

「クラプターの細胞を……身体に移植した。同じようなものだよ。《OoLウール粒子》と《INイン粒子》両方を高度操るには必要でね。これくらいしないと、龍造寺には勝てないと思ったんだ……」

 喋っている晴気の顔からは血の気が失せ、青白くなっていく。

「まあ……生徒にやられるようじゃね」

「それより、治療を急がないと。大町先輩鍋島先輩、先生を――」

 小さく首を横に振ると、晴気は玲をじっと見た。

「今は先に伝えることがある……その瞳のことだ」

「…………」

 予想外なことに玲は息を漏らした。

 しかし、一番ショックだったのは晴気が死を受け入れていると分かってしまったからだ。

「推測だけど、君が見ている黒い靄は、クラプターの細胞と一体化し、変異した《INイン粒子》。移植実験の過程で……私にも黒い靄が一度だけ見えた」

 晴気の声にはすでに覇気はない。

「瞳のことを知りたかったら《INイン粒子》に詳しくなる……ことだよ」

「はい……ありがとうございます」

 MaCHINZRマシンザーたちの命を奪い、玲たちの大事なものを壊そうとした敵対者、厳木きゅうらぎ六花りつか。だが、恨み切ることも感謝を忘れることも玲にはできなかった。

「龍造寺の活動には必ず裏がある……」

 空ろな目をしている晴気雪也を玲たち四人は見守った。

「信用しすぎてはいけないよ、絶対的な正義も、悪も……ありはしないんだから」

 日高玲が初めて命を奪った人が、最期に残した言葉だった。




 厳木きゅうらぎ六花りつかが起こした事件は、ゆずりは宮湖みやこ綴木つづるぎ双葉ふたばが全国の魔法化学士アカデミーに救援を要請したことで、幕を閉じた。

 メタトロン穏健派のクラプターはすべて処置された。

 それがおよそひと月前のことだ。

 学園施設の復旧工事のため、本格的な授業開始はまだ先になる。ただし寮は修繕が終わり、生徒たちが戻ってきている。

 対外的には実験の失敗による事故とされたが、内部に向けては簡潔ながら事件のあらましが伝えられた。

 晴気の死は生徒たちに大きな衝撃を与えた。

その一方で――

「学生がクラプターのリーダーを倒したってマジなのかな」

「わざわざ理事長がいうくらいだし、嘘じゃないだろ」

「どうやったらMaCHINZRマシンザーの在学生チームに選ばれるんだろうな?」

 在学生チームの構成メンバーは伏せられているため、誰なのかと噂されることも少なくない。

「俺たちも頑張らないとな」

 こんな声を聞く度に玲は照れくさくなるが、それ以上に自分ももっと頑張ろうという気持ちになる。やれることはまだ多くない。しかし、何もできないわけではないのだ。

 時計を確認すると、玲は寮の談話室を離れて校門に急いだ。



 玲たちは雄一郎の運転する車で郊外にある霊園を訪れていた。

 もう少しで十月だというのに夏の気配が強く、日差しはまだまだ厳しい。

 ここには先の事件で命を落とした魔法化学士たちが何人も眠っている。

 その一角に晴気雪也が埋葬されている。

「総司令はまだ来てないみたいね」

 龍造寺も午後に墓参りに来ると聞いていたが、まだ姿は見えない。

「じいさんクソ忙しいみたいだしな、中度クラプターの治療の話も全然できねぇし」

「あれだけの被害が出たんだ。しばらくは政府をはじめ関係各所との折衝が最優先だろうな」

 魔法化学は今の日本経済の屋台骨だ。それだけに不祥事は好ましくないということなのだろう。

 対応すべき事態はそれだけではない。

 晴気は自分が命を落とした場合に備えて、魔法化学のコア技術のデータが海外に流出する細工を仕込んでいたようだ。そのため、正常な動作を再開したタロースは大慌てだった。

今回のことで、MaCHINZRマシンザー部隊の強化だけでなく権限や体制の見直しも議題に上がっていると玲も小耳に挟んでいた。

 かろうじて流出は一部に留めたようだが、どこに情報が流れたのかが重要らしく、上層部はその対応にも追われている。

『面目ないよ……』と一時タロースはひどく落ち込んでいた。

(事後処理で多忙となった理事長とこうして顔を合わせるのは、晴気先生が死んだ時以来だ)

 ――晴気の臨終の言葉を聞いた直後。

 エレベーターで上がってきた龍造寺は無傷で、地下研究施設もクラプターによる被害は皆無とのことだった。龍造寺は晴気を戦死扱いとし、事件の首謀者であったことは秘匿された。

 この対応について、直樹は魔法化学の発展やMaCHINZRマシンザーの運用を考えればあり得る選択肢だと言っていた。内部の犯行というのは、対立勢力の攻撃材料にされる可能性があるせいだ。

「先に来ていたか」

 振り向くと、献花を持った龍造寺と小学生高学年くらいの少女がこちらに歩いてきていた。

 少女は玲に気づくと、小走りで近づいてくる。

「へえ、君が日高玲くん? 特別って聞いてたのに見た目はフツーだね」

まじまじと玲を観察しながら少女はそんなことを言う。ハーフアップにされた栗色の髪が陽の光でさらに明るく映る。

 可愛らしく表情を変える女の子だが、少々居心地が悪い。

「えっと……誰だっけ?」

「え? 私のこと知らないの?」

 少女がからかうように言うと、朝日が玲の隣に立つ。

「この子は鬼丸なぎさ……私の妹」

「渚だよ、よろしくねー。お姉ちゃんもひさしぶり~」

「渚……あなたね。もう少し落ち着きなさい」

 朝日が注意すると、渚は龍造寺の手を掴む。

「おじさま~、またお姉ちゃんが怒っちゃったー」

 龍造寺はふぅとため息をつく。

「朝日の指摘も一理ある」

 龍造寺からの思ったような援護がなかったせいか、渚は少しむくれている。外見が大人っぽい朝日と比べると、幼さが際立つ。色々と対照的な印象の姉妹だ。

 真新しい墓石に水をかけ、花を供える。

 黙祷後、龍造寺の呟きが玲の耳に残った。

ままならぬものだ、もう少し此奴こやつとも話をすべきだったかもしれないな。思想は違えど優秀な男だった」

 それがどのような感情によるものなのか、玲には分からなかった。しかし、龍造寺も思うところがあるのだろう。

 玲も、晴気が目指した共存の道が実現できないかという想いがある。

 MaCHINZRマシンザーの新しいあり方を玲たち自身で切り開いていくしかない。

(いつかこの状況を変えたい。もうこんなことが繰り返されないように)

 この意志は、玲だけではなく――大町班の全員が共有するものになっていた。



 墓参りを済ませて、皆が晴気のもとを離れていく。

 今も墓前にいるのは鬼丸渚だけ。

「バイバイ、雪也くん。見てて楽しかったよ、ありがと」

 渚は笑顔で感謝を告げた。

 背を向け、少女は歩き始める。

「これからもっと楽しいことあるといいなぁ」

 その視線の先には――。



《『OoL/IN SAGA 国立軍附属魔法化学士アカデミー』揺籃編 終了》

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

OoL/IN SAGA 国立軍附属魔法化学士アカデミー Team B.D.T. @projectBDT

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ