Phase 7 勧誘。そして――

タロースに大町雄一郎の居場所を伝えられ、玲と朝日が向かったのは、街の急速な発展に伴い移転になった県立高校の跡地だ。その校舎と敷地は現在魔法化学士アカデミー・アルカディア校のゲリラ戦演習場として最低限保持されている。杵島炭鉱跡を中心とした様々な研究所群や魔法化学士育成校だけでなく、こういった施設も魔法化学の最先端を担う研究都市には必要なのだと朝日が道すがら教えてくれた。

 玲たちは電灯がついていない薄暗い校舎内を進む。破損した個所もあちこちにあり、床もボロボロになっているところが目に付く。壁にはスプレーで描かれた落書きも散見された。

「……本当にこんなところにいるんですか?」

 朝日は階段前で一度立ち止まると、階上を見据えた。

「すぐに分かるわ。――行くわよ」

 玲は階段を上る朝日に続く。

 屋上への階段を上っている最中、男たちの叫び声が何度も聞こえてきた。

 玲は気のせいだと思いたかったが、どうやら現実らしい。

 前を進む朝日が重たい金属製のドアを明ける。

 そこで玲たちの目に飛び込んできたのは――飛び降りる男子生徒。

「……はぁ!?」

 玲はあまりのことに声を上げた。

 しかし、聞こえてくるのは離れていく絶叫、野太い歓声、そして笑い声だった。ざっと見ても三十人以上の生徒たちが飛び降りを見世物やアトラクション感覚で明らかに楽しんでいる。

 何が起きているのか玲は分からない。

(この状況で笑ってるって、ヤバい人たちなんじゃ……?)

 玲が唖然としているうちに、屋上の縁に三人の男子学生たちが立つ。みんな、ホログラム映像で見た雄一郎のように制服を着崩していた。

「雄さん見せててください、俺の気合い!」「……行きますッ!」「俺も……負けられねぇ!」

 鎖のようなものを一本握った男に声をかけ、決意を滲ませながら男子たちは次々に飛び込んでいく。

「おう、やれやれ! 絶対にビビんじゃねぇぞ!」

 見守っているのはさっきタロースに教えてもらった大町おおまち雄一郎ゆういちろうその人だった。

「というか……どうして誰も心配してないんですか?」

 雄一郎も周りにいる生徒たちも平然としている。玲の隣に立っている朝日もだ。

「くだらない遊びだからよ……」

 朝日は露骨に不愉快そうに眉間に皺を寄せている。確かに朝日と相性が悪そうだ。玲も彼らとうまくやっていく自信はない。

 玲はタロースの言葉を思い出す。


――彼について特筆すべきはアルカディア本校始まって以来の不良番長で、問題児たちをまとめ上げた二十歳の高校三年生だ!


「よし、引き上げてやる。お前ら最後まで気合い入れろぉー!」

 さきほど雄一郎が持っていた鎖は一本だけだったが、いつの間にか四本になっていた。雄一郎は鎖を両手でぐいぐい引き上げていく。そして鎖は飛び降りた不良たちの足首にしっかり結びついていた。

(だから心配してなかったのか。でも屋上から落ちた時には何もなかったはず……)

 彼らは屋上につくと、すぐさま立ち上がる。

「え……鎖は?」

 鎖は玲の目の前で跡形もなく消えていた。

「あれは《OoLウール粒子》を具現化して作った鎖とかロープみたいなものね。その意志が弱まればなくなるわ」

「《OoLウール粒子》って……そんなこともできるんですか」

「私が使っている刀も原理は同じよ。魔法化学を扱うには強いイメージと、そうしたいっていう意志が大事だから」

 確かに以前朝日は瞬時に刀を出したり消したりしていた。

今日の授業で玲が覚えた事柄は本当に基礎的な部分で、まだ色々ありそうだ。

「今の手際はなかなかよ。まあ目的は最悪だけど……」

 朝日は雄一郎の周りに集まる不良たちに視線を向ける。

 タロースからは不良学生とされている彼らも魔法化学士の資質は充分あるということなのだろう。でなければ入学できていないはずだ。

「あざっす! 大町さん!」

「内心ビビってましたけど雄さんのおかげで気合い入りました!」

「お前らのハートがそれだけアツかったってことだ。でもヤバい時は見栄を張らずに俺を頼れ。分かったな?」

 雄一郎がニカっと笑う。「はい!」という四人の返事が重なった。

「紐なしバンジーをビビらずやれたら、一人前の大町一派だぜ」と他の仲間たちも四人の度胸を称賛している。

「…………」

 玲たちがそんなやり取りを眺めていると、雄一郎がこちらに向き直った。

「で、あんたらは何の用だ?」

 雄一郎だけでなく、何十人もの視線が玲と朝日に突き刺さる。

「つーか、オレたち大町一派の根城に勝手に入って来るんじゃねえ!」

 怒鳴り声に玲はビクッと身体を震わせる。

「ここはアルカディア校の演習場で、私は在学生。許可なんていらないでしょ」

「あぁん!? ふざけてんじゃねぇぞ!」

 苛立つ仲間を雄一郎は無言のまま左手で制して、前に出る。

「総司令のじいさんのお気に入りがわざわざ来るってことは、何かあんだろ? さっさと言いな」

「ふっ……お気に入りね」

 朝日は一瞬薄く笑うと、用件を述べ始める。一時間ほど前に玲が聞いた内容だ。

「くだらねえ……学校からの命令に従うつもりはない。帰れ」

 話が終わると、即座に交渉決裂だった。しかし、

「そうは行かないわ。アルカディア校の生徒である以上あなたには協力してもらう」

「真面目ないい子ちゃんなら、たくさんいんだろ。他を当たれ」

 朝日は一歩も引き下がる気はないようで、迷うことなくブレスレット型のマジック・デバイスに触れた。すぐさま彼女の手に刀が握られる。

「仕方ないわね……」

「やる気かよ。女だからってケンカを売られたら手加減はできねえぞ」

 雄一郎の目に鋭さが増す。屋上は剣呑な雰囲気に包まれ、焦った玲が呼び止める。

「鬼丸先輩、本気ですか!?」

「朝日!」

「……はい!?」

 朝日の勢いにビックリして返事をしてしまう玲。けれど、今はそれどころではない。玲はもう一度朝日の表情を窺う。

「これは任務と同じ、本気に決まってるわ。――下がってて」

 怪力の中度クラプターを倒す実力を持つ朝日が本気を出しては、ただでは済まないだろう。絶対お互いの遺恨になる。玲からするとメリットが少ないとしか思えない。

 朝日は雄一郎へ歩みを進める。雄一郎は拳を握り、コリコリと音を鳴らす。

「お前らは手を出すな」

 大町一派は応援の檄を飛ばしてくる。

 止める者は誰もおらず、駆け出した二人は衝突した。



「――はっ!」

「うおおおおおぉっ!」

 朝日の刀と雄一郎の拳がぶつかり、空気がわずかに振動する。衝撃を朝日はピリピリと肌で感じていた。

朝日は相手が得意な力比べを避けるべく、刀を構えて間合いを取った。けれど、雄一郎はお構いなしに攻勢を仕掛けてくる。

朝日は攻撃が緩む一瞬を待って、防御に徹する。考えるまでもなく、打ち合い続けるのは得策ではない。

しかし、朝日に一瞬の隙も与えないと雄一郎の拳は止まらない。雄一郎は打撃に乗せて《OoLウール粒子》のエネルギーを力強く放出している。

「……っ」

一息入れる間もない。

それでも、朝日は冷静に観察する。こんな無茶な戦い方は続けられないと踏んだからだ。

 そして、朝日は見逃さなかった。徐々にだが、雄一郎による攻撃のテンポが明らかに悪くなっている。

相手の集中力が切れたと判断した朝日は攻勢に転じる。

雄一郎の動きを見切り、朝日が大きく振りかぶったその瞬間――黒光りする鋼を思わせる篭手を雄一郎が装着しているのが朝日の目に入った。

咄嗟に朝日は迫る拳に刀を何とか合わせるも、抑え切れない。

「……ぐっ!?」

 苦悶の声が漏れ、朝日の身体が宙に浮かぶ。力に満ちた雄一郎の拳は刀ごと朝日を吹き飛ばしたのだ。大町一派から歓声に近いどよめきが湧く。

朝日はそのまま屋上の床に倒れ込んだ。


<イラスト>

https://kakuyomu.jp/users/projectBDT/news/16817330655451757015

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