選択肢



 画面で見るのとは少し印象が違って見えた。


 コピー人間を作らなかった人間を低能人と呼び世界を二分させたあの本宮総理大臣。


 彼があんなことさえ言わなければこんな世の中にはならなかったはず。


 画面越しに顔を見るたびに腹立たしく思っていたはずなのに、今目の前にいる本宮総理の顔は菊田にはとても穏やかで優しい顔に見えていた。


 隣に座っている鬼木もそうだった。


 画面では意地の悪い悪戯好きの年寄りみたいな雰囲気があったが実物はとても優しいおじいちゃん、みたいな印象だった。


「菊田勇二さん、こちらである程度調べさせていただきました。会社でコピーを作るかどうかの時、あなたは自ら辞退した。理由は自分は独身であり他の者たちは家族がいたから。間違いありませんか?」


 話を切り出したのは安西厚生労働大臣だった。


「はい、間違いありませんが」


「なぜそんなことまで知っているのか、とおっしゃりたい顔ですね」


「はい」


 まさにその通りだった。


 元会社の同僚にでも聞いたのか。


 それにしてもなぜそんなことを調べる必要があるのか。


 しかもなぜ自分なのか。


 いろいろな思いが菊田の頭に浮かんでいた。


「いくつか我々の質問に答えていただきたいのですが、嘘や建前は抜きにして、素直に即答してもらえますか」


「はい、わかりました」


「今のこの状況をどう思いますか」


「いや、どう思うも何も、わからないことが多すぎて」


「仕事は好きでしたか。働くことは」


「まあ、結婚もしないでがむしゃらに働いてきましたので、好きなのでしょうね」


「こうなる前の世の中をどう思っていましたか」


 次に質問してきたのは行森文部科学大臣だった。


「えっとそうですね。今思えばせかせかしてただ時間に追われているだけでしたから、世の中のことを考える暇もなかったのでどう思っていたかはあまりよくわかりません」


「うむ。では今はどう思っていますか」


「今は……どうと言われても何もわからないのでわかりません」


「しかし世の中のことがわからないのはこうなる前も同じだったはずです。今あなたがそう言った」


 口を挟んだのは鬼木だった。


「いや、そう、ですね。となると僕は今まで世の中のことを何も考えようとしなかった。ということになりますよね」


 自分で言って自分でそう気が付き、菊田はなんだか恥ずかしい思いを感じていた。


「ほとんどの人間がそうですよ。文句ばかり言うくせに世の中のことは何も考えていない」


「はあ……すみません」


「それでは私からお聞きします」


「はい」


「私が世の中を改革する、と言ったら菊田さん、あなたは協力してくださいますか」


 本宮総理は少し身を乗り出して菊田に聞いた。


「その内容にもよりますがそれが納得できれば」


「納得できれば何でもやる覚悟はありますか」


「何でも……戦争や人を殺したりすること以外でしたら」


「争い事は嫌いだと?」


「嫌いですね。争う前に話し合います。それでダメなら自分が折れます。争っても何も得られないと思ってますので」


「わかりました。では隣の部屋に入り、私のコピーからこの世の中の状況の説明を受けてください。そして選択してください。我々に協力するか出来ないか。選択肢はその二つです」


「わかりました。ありがとうございました」


 菊田は立ち上がりそう言って頭を下げると部屋を出て隣の部屋へと移動した。


 本宮総理が言っていた通り、隣の部屋にいたのは本宮総理のコピーと鬼木のコピーだった。


 また促されるまま菊田はテーブルを挟んで二人の前に座った。


「私にご協力いただけるなら話を聞いたあとにあちらのエレベーターで一階へ。出来ないようでしたら十階へ向かってください。質問はなしです」


「……はい」


 菊田がそう言って頷くと本宮総理と鬼木のコピーはすぐに話し始めた。





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