14
――低能人
その言葉が流行り出すとさらに自分のコピーを作る人々は増え続けた。
低能人と呼ばれることにどうしても抵抗がある者たちは会社に頼みこんだり借金をしたりと必死で金の工面をした。
コピー人間を作ったということだけで優秀な人間として周りから認められ、作れない者たちはいくらまともで真面目な人間であっても低能人というレッテルを貼られるようになってしまった。
野中整形外科の患者が言っていたように、賃貸マンションやアパートに住む低能人に退去命令が出されるのも当たり前のことのようになっていた。
追い出され行き場を失った低能人たちは自然と一ヶ所に集まり始めた。
下町でもともと高齢者の多い静かな街は低能人の溜まり場となっていた。
子を持つ家族らは車中で寝泊まりするしかなかった。
街にはたくさんの車が集まり公園や空き地にはたくさんのテントが張られた。
高齢者や独り身の者はそのテントで生活するしかなかった。
街はバラックと化していた。
「
「ああ、ありがとう直央くん。今日は何もいらないかな」
「わかった。何か思い付いたら電話して」
「そうするよ。気を付けて」
「うん、行ってきます」
バラックを住みかにした
直央は最初何もなかったこの広い公園に高齢者のためにとテントを設置していた。
その姿を見て声をかけてくれたのが浅間と菊田だった。
まだ若い青年が人のために一人で頑張っている姿に感動したようで、以来直央と一緒にこの公園の高齢者たちのお世話をしているのだった。
突然職と住む場所を失ったというだけで皆食べていくためのお金が全くないという訳ではなかった。
貯蓄もあるしもう家賃も払わなくていい。
立ち退きの際に多少は頂いたし、退職金も、家財道具などを売ったお金もある。
足腰の弱い高齢者から頼まれてお金を預かり直央たちが必要な物を買い揃える。
それで皆衣食住に困ることもなく暮らしていけるのだった。
ただ低能人と呼ばれ世界から弾き出されている。
それだけなのだ。
三人は直央のワゴン車に乗り込んだ。
「今日は特に何も買い揃える物はないみたいなので、スーパーで食料品を買うだけです」
「了解」
「オッケー」
「ちょっと遠くまで行ってもいいですか? なんかすげえ安いスーパーをネットで見つけたんですよ」
後ろのシートに座っている浅間と菊田をバックミラーで覗きながら直央が嬉しそうに言った。
「ああ、いいっすね。今日は天気もいいしドライブだな」
浅間も楽しそうに窓の外を眺めていた。
「はは、直央くんは本当にしっかりした若者だな。今どき珍しいんじゃないか?」
「えー? まあ、こんな生活してたら自然にこうなりますよ。ちょっとでも節約しておかないと、この先どう考えても国は何も補償してくれなさそうですからね」
「そうだよな。これからこの世界は本当にどうなるんだろうな」
菊田はそう言うと黙ってしまった。
「菊田さんは後悔してますか? コピー人間を作ればよかったって」
車を走らせながら直央はそんな菊田を心配して声をかけた。
「ん? そうだな。後悔か……。いや、あの時はこうするしかなかったんだ。僕の選択は正しかった。だから後悔はしてないよ」
「あは、格好いいじゃないですか、菊田さん」
「はは、ちょっとくらい僕にも格好つけさせてくれよ」
そう言って笑いながら菊田は考えていた。
本当にあの時はこうするしかなかったんだ、と。
大手の会社で営業をしていた菊田は、過去二年連続営業成績ナンバーワンの優秀な社員だった。
コピー人間が流行り出すと菊田はもちろん、他にも社長自ら選別した優秀な社員が二十名ほど集められた。
そしてコピー人間を作れる者はこのうち十五名だと言われたのだ。
菊田はそこに居た仲間の顔を見た。
確かに皆仕事も真面目で頭のキレた奴ばかりだった。
若い者もいれば自分より年上の者もいる。
そこでふと菊田は気付いた。
自分は四十歳でまだ独身だ。
だがこのメンバーはどうだ。
あいつは子どもが生まれたばかりだし、あの人は確か子どもが三人いたはずだ。
あの上司は確か両親の面倒をみていると言っていた。
そんなことを考えていると菊田は自分にコピー人間を作る資格はないのではと感じていた。
自分には妻も子どもも、面倒をみなきゃいけないような親もいない。
そう思った菊田は自らコピー人間を作ることを辞退したのだった。
「まあ、仕事ばっかりしてないで、早くいい人を見つけて結婚していれば、っていう後悔はしてるけどね。ははは……」
菊田はそう言ってバックミラー越しに目が合った直央に笑ってみせた。
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