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 世界に亀裂が入ったのはリナがコピー人間を作ってから半年も経たない頃だった。


 リナがリーナを作ってから野中整形外科の院長はすぐに全員を解雇した。


 院長と院長のコピー、それに看護士免許を持つ妻の今日子とそのコピー。


 そしてリナとリーナの六人だけとなっていた。


 始めはこのメンバーでやっていけるのかと不安だったリナだが、やってみると案外どうということはなかった。


 事務作業はもともとリナが一人でやっていたようなものだ。


 それを自分と同じリーナと手分けすると効率よく進められるためリナは随分と気が楽になっていた。


 今までいた先輩たちに申し訳ない気持ちはもちろんあったが、もっと早くにこうしていればと思う気持ちもあるほどだった。


 その頃から野中整形外科で異変が起き始めていた。


 毎日二百人ほど通っていた患者の数がどんどん減っていくのだ。


 皆いつの間にか姿を見せなくなる。


 待ち合い室はいつも人で溢れていたのに今では五、六人が静かに自分の名前を呼ばれるのを待つだけとなっていた。


「最近横沢さん来てる?」


「横沢さん、いらっしゃってないですね」


 患者の一人が受け付けにいたリナに聞いた。


「じゃあやっぱりあの噂は本当だったみたいね」


「噂?」


「知らない? 最近賃貸マンションやアパートに住んでるお年寄りが追い出されてるんですってよ」


「えっ? そんな、どうして」


「決まってるじゃない、あれよ。コピー人間が増えたでしょ。だからコピー人間のために住むところを確保してるのよ」


「は?」


「横沢さんも賃貸マンションに住んでたからね。マンションの大家さんやその家族がコピーを作ったり、コピーを持ってる知り合いから頼まれたりしてどんどん立ち退き命令が出されてたらしいのよ。コピーを作ってない人間は退去しろってね」


「酷い……」


「きっとここに来なくなった人たちも皆そんな理由だと思うわよ。住むところを奪われて。酷い話しよね。コピーのくせに何様のつもりかしらね」


 そんな話を聞いた翌日頃から、今度は徐々に患者の数が増えてきていた。


 だがそれはいつも来ていた常連の患者が戻ってきたのではなく、見知らぬ顔、帽子を被っているコピー人間が続々と増え始めたためであった。


 野中整形外科だけではなく、街は、世界はいつの間にかまだいまだに髪の毛の生えてこないコピー人間に占領されつつあるようにも感じられていた。


 しかも世間はコピー人間を作った者は優秀な人間であり、作っていない人間は低能だと言わんばかりの差別化を引き起こしていた。


 そんな馬鹿げた差別化を最初に口にしたのはあの本宮総理だった。


「優秀な人間であれば企業からの支援でコピーを作ることが出来るはずです。それが出来ないということは本人の責任ではないでしようか」

「そんな無能な方々の生活を保障する政策は今のところございません」


「総理、でも今現在街にはホームレスが溢れています。その方たちをただ黙って見ているとおっしゃるのですか」


「そういうわけではありません。職場や住む場所を奪われたのならまず自分で何とかするべきではないかと言っているのです。ご自分が低能でないのならなんとか出来るはずです。努力も何もしない低能人には国は何の支援もするつもりはありません」


「低能人って……総理、ちょっと酷すぎませんかね」


「しかし皆さんよく考えてみて下さい。あなた方の会社にそういう人はいませんでしたか? 真面目で努力する人間ばかりがちゃんと仕事をして、まるで他人事のように職場に来てものらりくらりとしている人。仕事を覚えようともしない、電話に出ようともしない。遅刻、欠勤ばかりする。しまいにはパソコンやスマホでずっと遊んでいる。口を開けば文句ばかり。なのに給料は皆と同じ。そんな低能人に我々がどんなに苦しめられてきたことか。私はこれを機に真っ当な社会を創りたい。そう思っております」


「でも、事実どんなに優秀な人でも金銭的な面やさまざまな理由でどうしてもコピーを作れない方もいらっしゃると思うのですが」


「もちろんそれも承知しております。それについては今我々も政策を練っているところですので。では失礼します」


 この総理のインタビューがまた話題になり、コピーを作っていない人間は世間から低能人と呼ばれるようになってしまったのだった。





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