小笠原の会見
小笠原の会見
記者たちの質問の嵐に答えることもなく、H・Bサイエンス社の鬼木社長とそのコピー人間は緊急記者会見の部屋から出て行ってしまった。
それを見届けると記者たちのカメラはひとり残された小笠原の方を向いた。
白衣を着た痩せた中年の男。
少しだけ白髪が混じったぼさぼさの髪。
頬はこけてやや疲れたような無表情の顔。
鬼木社長が右腕としているH・Bサイエンス社の研究開発部主任だ。
小笠原がこうやって表に出てくるのは初めてのことだった。
記者たちはこの小笠原に注目した。
「それでは私の方から簡単にコピー人間がどうやって作られるのかをご説明いたします。その後で質疑応答いたします。よろしくお願いいたします」
小声でたんたんと話す小笠原。
会場は異様なほど静かになっていた。
「わかりやすく申し上げると、まず会社の特別研究施設に入院していただきます。そこで一日目に脳の一部、DNA、細胞、皮膚、血液、これらをある程度採取します。採取した物全てに異常がなければ次の日には私どもが開発した生体カプセルに入ります。あとは麻酔で眠りひたすら待つだけです。四十八時間後に目覚めた時には自分と同じコピー人間が隣に寝ていることとなります。あっという間です。たった三日で自分のコピー人間を作ることが出来ます」
小笠原がそう言うとしばらく記者たちは今聞いた話を理解しようと必死な様子だった。
「コピー人間はご覧になった通り、自分のこれまでの記憶も持っていますし、考え方も行動も全て自分と同じと思っていただいて結構です。そして意思の疎通も出来ます。というよりコピーも自分ですので何を考えてどう行動するかは手にとるようにわかるのです」
「ただコピー人間を作るのには条件や注意すべきところもあります。まず、まだ体が出来上がっていない二十歳未満の方は残念ながらコピーを作ることは出来ません。ご理解ください。そして自分の完璧なコピーですから、持病をおもちの方は病気も当然コピーされてしまいます。ぜひ治療をしてからコピーを作ることをおすすめしますね。
以上でご質問等あればお答えいたしますが」
小笠原がそう言うとすぐにほとんどの記者が手を挙げた。
「脳の一部を採取するとおっしゃいましたがそれは何も問題ないのでしょうか。どの程度採取が必要なのでしょうか」
「ほんの少しだけです。なので元の私たちには何の問題もございません」
「その生体カプセルとはどのような物なのでしょうか。具体的にどうやってコピーが作られるのか教えてください」
「生体カプセルの詳しい情報は企業秘密ですので申し上げられません。ただ、3Dプリンターを想像していただければよろしいかと。それだけ申し上げます」
「コピー人間と本体の区別は? 何か違いはあるのでしょうか」
「違いはあります。髪の毛だけはコピーされません。なのでコピー人間は出来上がった時は坊主頭です。それで区別はつくかと」
「小笠原さんもコピー人間を作られたのでしょうか」
「もちろんです。今ごろコピーが会社で仕事をしていますよ」
「病気もコピーするとおっしゃいましたが」
「ええ。とにかく完璧なコピーですからね。もちろん病気までもコピーしてしまいます」
「では、例えばコピー人間がケガなどした場合はどうなるのでしょうか。私たちに何か影響は」
「コピーはコピーです。自分ではない。コピーがケガをしたからと言って元の私たちがどうなるということはありません」
「まだよくわからないのですが、コピー人間を作って自分の好きなように行動させる、ということでしょうか」
「広い意味で言えばそうですが、何度も言うようにコピー人間とは自分のコピーです。自分が考えることをコピーも考えている。自分がやろうと思うことをコピーもやる。ですのでコピーの行動は元の自分本人にしかわからない、ということです」
「なんだかいまいちピンときませんね」
「単純ですよ。自分が二人いる。それだけです」
「うーん……」
記者たちは納得いかないという顔で首を傾けていた。
「鬼木社長、もう一つ、あの人間のクローンの研究はどうなったのでしょうか」
その質問に会場は一瞬静まり返った。
「もちろんクローンの研究も続けております」
小笠原は無表情のままでそう答えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます