異変

6



 H・Bサイエンス社がコピー人間を作ったと発表してから三ヶ月が過ぎていた。


 それでもまだ世間ではこの話題でもちきりだった。


 むしろ前よりもさらに盛り上がってきていた。


 コピー人間を作る者が次々とあとをたたなかった。


 政治家が、芸能人が、著名人や資産家たちがこぞってコピー人間を作り出した。


 当然その家族もそれぞれがコピーを作った。


 中でも注目されたのが様々な企業がコピー人間を作ることを推奨しだしたことだった。


 大手企業の社長たちは自分の都合のいい者や仕事が出来る人間をコピーした。


 仕事が出来る人間が増えると今度は仕事が出来ない人間が不要になった。


 大手企業はコピー人間を作りながらどんどん底辺の人間の首を切っていった。


 そうすることで仕事の効率はあがる上、人件費が削られていく。


 ひとりの出来る人間をコピーすれば一気に五人ほど解雇できるのだから。



「信田さん、本当にお世話になりました」


 定年退職を迎えた信田の送別会の後、リナと信田は最寄駅の近くの広場のベンチに腰をおろした。


「瀬山さん、私の方こそ瀬山さんがいてくれて助かったわ。本当に今までありがとうね」


「そんな、信田さんがいなかったら私……」


「そんなことないわよ。瀬山さんは私がいなくてもやっていけるわ。そう信じてるから」


「信田さん……」


「やだ、ちょっとあれ見て。ここってこんなにホームレスの人たち多かったかしら」


 信田の視線の先には広場の隅を縁取るようにして座り込んでいる人たちがいた。


「ああ、最近多いんですって。コピー人間が増えたからって会社を追い出されて、挙げ句どこにも雇ってもらえないそうです」


「まあ、そうだったの」


「なんだか変な世の中ですよね」


「そうね。あのね、今だから言えるけど、実は私も院長先生にコピーを作らないかって言われたのよ」


「えっ? 本当ですか?」


「ふふ、本当よ。でもすぐにお断りしたわ」


「どうしてですか?」


「だってこの歳になってコピーを作ったって、コピーと二人してお仕事するしかないもの。せっかくのお話しだけど、私だってもうゆっくり休みたいわ」


「そうですよね」


「コピーに働かせて私だけ遊ぶっていうのもなんだか悪いしね」


「あは、信田さんらしいです」


「ねえ、たまにはまたご飯でも誘ってちょうだいね。愚痴ぐらいならいつでも聴くから」


「いいんですか? あ、じゃあまた信田さんのサンドイッチ食べさせてください」


「ええ? 食事に行くのにサンドイッチ食べるの?」


「だって、あれ本当に好きなんですもん」


「うふふ。わかったわよ。可愛い娘のために作ってきてあげましょう」


「やったあ!」


 楽しそうに話している二人ではあった。


 だがこの異様な光景にリナも信田も内心明らかに変わりつつある世の中に恐怖にも似た思いを抱いていた。


 その思いはリナの目の前に本当の恐怖として現れた。


 恋人の純がとうとうコピー人間を作ると言い出したのだ。


「リナが不安なのはわかるけどさ。俺も会社のためにはこうした方がいいと思うんだ。実際社長も社長のコピー人間も毎日変わりなく元気にぴんぴんしてる。リナが心配することないよ」


「そうかもしれないけど」


「もう時代はコピー人間の時代なんだよ。他の企業もみんなそうしてる。俺だけ嫌だって断ることも出来ないだろ?」


「でもやっぱり私は素直にそうですか、とは言えないし言いたくない。純くんの体も心配だし、私なんだか恐い」


「大丈夫だって。今まで何の問題も起きてないんだし。それよりさ、俺坊主頭似合うかな? それが心配だよ」


「えっ、そこ?」


「はは、格好悪かったらリナにコピーを会わせるの恥ずかしいよな」


「あはは、大丈夫だよ。純くんは元がいいからきっとハゲてても格好いいよ」


「あ? ハゲって言うなよなハゲって」


「あはは……」


 リナの心配もよそに、純は翌週コピー人間を作るためにH・Bサイエンス社の施設に入院した。





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