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 一体一億円もする自分のコピーなんて誰が欲しがるのか。


 コピーを作って誰が面倒を見るのか。


 そもそも自分のコピーなんていらないし見たくもない。


 この歳になってそんな物に興味がない。


 野中整形外科にいた患者たちは口々にそう言いながらテレビを観るのを止めて世間話へと切り替えていた。


 リナと信田も慌てて午後の診療の準備へと戻った。


「なんだか怖い話しよね」


「そうですね」


 そうひと言だけ声をかけてから二人は各々の持ち場へついた。


 リナはまだ心臓がドキドキしていた。


 つい先日は恋人の純と、今朝は信田と、自分が話していたことがまさか現実になるとは。


 だが一億円という自分にはどうやっても手の届かない話し。


 リナは早々に頭を切り替え午後の仕事をいつも通りやり過ごした。



 リナと同じような考えの人間はたくさんいた。


 日々時間に追われて忙しくしている。


 そりゃあ自分がもうひとりいてくれたらどんなに楽であるか。


 だからといって一億円払えるわけがない。


 どこかの金持ちたちがこれ見よがしに自分のコピーを作って遊ぶ。


 車や船、マンションや別荘を買うのと同じ。


 どうせその程度のオモチャのような感覚だろう。


 飽きたらポイだ。


 所詮夢物語に過ぎないと多くの者が自分には関係のない話しだと思っていた。


 一過性の話題でまたすぐに忘れ去られるだろうとも。


 ところがだ。


 日を追うごとに世界はコピー人間の話題で連日賑わいだしていた。


 原因は政治家たち、特に現職の総理大臣である本宮もとみや総理がコピー人間を作ったことが一番だった。


 本宮総理はメディアに引っ張りだことなっていた。


 帽子を被ったコピー人間と並んでテレビやネットに毎日その姿を見せていた。


 本宮総理は記者の質問に気持ちよく答えていた。


「皆さんもぜひコピー人間を作るといい。私が責任を持っておすすめしますよ」

「こんなに仕事の効率があがるとは私も思いませんでした」

「ええ、完全なポケットマネーでちゃんとお支払いしましたよ。H・Bサイエンス社とは何の癒着もございません」

「便利ですよ。なんせ自分ですからね。考え方も行動も手にとるようにわかります。何の心配もしなくていい。最高のパートナーでしょう」


 こういった本宮総理の映像やコメントが常に目にとまるようになっていた。


 普段疲れて家に帰りテレビなどつけることもないリナでさえネットや患者から聴こえてくる会話で嫌でも耳や目に飛び込んでくる。


 それほどまでに世界はコピー人間に興味津々だったのだ。



「えっ? 純くん今なんて言ったの?」


 いつもの居酒屋のカウンターでリナは自分の耳を疑っていた。


「いや、まだ返事はしてないんだけどさ。俺のコピーを作らないかって。社長が考えてみてくれって」


「嘘でしょ……」


「俺もめちゃくちゃ悩んでる」


「お金は? 叔父さんが出すの? それって体は大丈夫なの? 危なくない?」


 リナは驚きを隠せず純に詰め寄っていた。


 純が勤める製薬会社の社長は純の叔父にあたる人だ。


 断ろうと思えばすぐに断れるはずだ。


 いや、リナは純に断ってほしいのかもしれない。


 実際に身近な人が、ましてや純が二人になるなんてことを想像すると恐ろしかった。


「実はもう社長が自分のコピー人間を作ったんだよ。俺も最初はちょっとビビったけどさ、体もなんともないみたいだし、本当にただ社長がもうひとり増えたって感じでさ」


「叔父さんが? 本当に?」


「ああ、びっくりだよな」


「うん」


「まあ、ゆっくり考えていいって言ってるし、ちょっと考えてみるよ」


「なんだか怖いよ私」


「俺もそう思っていろいろ調べてみたよ。でも何も危険はないみたいだな。今のところは」


「でも……」


「はは。リナの気持ちもわかるよ。でももしコピー人間を作ったらリナと会う時間が増えるんだぞ?」


「そう、だけど……」


 それでもリナの胸の中は不安でいっぱいだった。





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