26



 奥のドアの中へ入っていった者が再び戻ってくることはなかった。


 十分ほどの間隔で次の名前が画面に映し出されていく中、とうとうスクリーンに菊田勇二という名前が映し出された。


「お、僕ですね。ではお先に失礼します」


「行ってらっしゃい」


 菊田はそう言いながら立ち上がり、前橋に頭を下げて奥のドアへ向かった。


 長い廊下が目に入り、両側にはたくさんのドア。


 突き当たりに小さく見えたエレベーターへ向かって菊田は急いで歩いた。


 この広い建物に人の気配はなく、その静けさが余計に不安と寂しさを引き立たせていた。


 床は絨毯のため足音さえしない。


 ただ自分の高鳴る心臓の音を聴きながらたどり着いたエレベーターに乗った。


 菊田は九階のボタンを押しながら考えていた。


 ずっと心の奥の片隅で思っていて、ずっとそれを考えないようにしていたこと。


 まさかと自分に言い聞かせて蓋を閉じていたこと。


 それは、もしかすると高齢者たちは政府によって殺されたのではないかということだった。


 高齢者たちを乗せたバスを尾行してたどり着いたあのホテル。


 回りに塀が張り巡らされ異様な雰囲気であることは見てすぐに感じとれる。


 直央も浅間も口には出さなかったがきっと同じことを心のどこかで思っていたはずだ。


 もうほとんどの人間はこの世にいないのかもしれない、と。


 その考えがぬぐえなくなった瞬間、菊田は自分の手が震えていることに気付いた。


 両手をお腹の前でしっかりと押さえた。


 すると逆に手の震えの振動が体全体に伝わり足まで震え出してしまった。


「はは……」


 自分が情けなくなり菊田はわざと声を出して笑った。


 そうすることでいくらか落ち着きを取り戻すとエレベーターが止まりドアが開いた。


「菊田勇二様ですね」


「あ、はい」


 ドアが開くと同時に目の前に立っていた男に名前を呼ばれた。


 男の顔をよく見るとあのH・Bサイエンス社の小笠原という男であることに菊田は気付いた。


「どうぞ」


「はい」


 菊田は小笠原のあとをついて行った。


 白衣を着た痩せた中年の男。


 無表情だった小笠原から妙に冷たさを感じた。


 まるで温度を感じない、暖かさがない。


 彼は心を、感情を持っていないのだろうか。


「こちらです」


 そう思っていると小笠原が振り返りドアの前で立ち止まった。


「はい」


「ノックしてお入りください」


 それだけ言うと小笠原は来た道を戻っていった。


 菊田は言われた通りにノックしてからドアを開けた。


「失礼します」


 中は応接室のような造りで大きなテーブルにスーツ姿の男が四人、並んでこちらを向いて座っていた。


 少し離れて椅子が一脚置いてあり、一人が菊田にどうぞと言わんばかりに椅子に手を向けた。


 菊田は椅子に座り前を見た。


 そしてギョッとした。


 四人の男の前にネームプレートが置いてあった。


 いや、ネームプレートを見なくても知っている顔だった。


 自分の目の前に座っていたのはあの本宮総理大臣だったのだ。


 そしてその隣にはH・Bサイエンス社の社長である鬼木がいた。


 さらに何度かテレビやネットで見たことのある顔、安西厚生労働大臣と行森文部科学大臣が座っていたのだった。


 (おいおい、本当に面接だったのかよ……)


 菊田はそう思いながらもせめてスーツを着てくればよかった、など他愛もないことを考えていた。





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