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 H・Bサイエンス社の特別研究施設にやって来た菊田は自分が予想していたよりも人の数が少ないことにまず驚いていた。


 もっとたくさんの人で溢れていると思っていたが入り口を入ってすぐのロビーのような広い場所にはざっと見積もっても二十人程度しかいなかった。


 菊田が一人で長椅子に座っていると同じように一人で来ていた男が菊田の隣にきて腰を下ろした。


「どうも。前橋といいます」


「ああ、どうも。菊田です」


 二人はお互いに名乗り軽く挨拶を交わした。


「いったい何が起きるのでしょうね」


 前橋という男が周りを気にしながら小声で話した。


「本当に。でももう何が起きても驚きませんよ。こんなおかしな世界では」


「はは。それもそうですね」


「にしても人が少ないと思いませんか? 僕はもっとたくさんいると思ってたんですけど」


 菊田が聞くと前橋は意外そうな顔をした。


「え、ご存知ないですか? 三十歳から四十五歳までのほとんどの人間は恐らくあの例のホテルに向かいましたよ」


「は?」


「私の周りにいた者たちのメールは高齢者と同じように、最寄りの駅までの呼び出しでしたから」


「そんな……じゃあ僕たちは?」


「運がいいのか悪いのか。どちらでしょうね」


 菊田はそれを聞いて慌ててスマートフォンを取り出し確認しようとした。


「無駄ですよ。私もさっき確認してみましたが電波は完全にシャットアウトされているようです。うんともすんともいいませんでした」


 前橋が言うように菊田のスマートフォンも電源すら入れられなかった。


「くそっ」


「誰か、連絡したいような大切な方でも?」


「ああ、いや。同じバラックの仲間に知らせたかったんですけどね。きっと今ごろ心配しているでしょうから」


「へえ。そんないい仲間がいるんですね」


「そうなんですよ。二人ともまだ若いのにしっかりしていて優しくて。自分のことよりも他人のことを心配する。そんな広い心を持っている素晴らしい人間なんです」


「こんなご時世に珍しいですね」


「ええ。本当に」


「私のバラックでは他人のことを気にかけるようなことはありませんでしたからね。皆自分のことばかりで」


「まあ、それが普通かもしれませんね。うちは高齢者が多くて。だから若い子たちが自然とそうなったのかもしれません」


「なるほど。おっ、どうやら始まるみたいですよ」


 ロビーにいた人たちの視線が同じ方向を向いたことに気付いた前橋は自分も同じように壁の大きなスクリーンに注目した。


 そこには一人の名前と『奥のドアに入りエレベーターで九階までお越しください』と書かれた画面が映し出されていた。


 皆が注目する中、ひとりの男が立ち上がり奥のドアを開けて中へ入っていった。


 残された者たちに一気に緊張感が漂っていた。


「さあ、いよいよですね」


「ええ。何が起きるのか」


 菊田と前橋も顔を強ばらせながらしばらくただ黙ってその時をじっと待っていた。





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