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 リナが勤める野中整形外科。


 責任感の強いリナは毎朝一番に出勤して黙々と準備を進めていた。


「おはよう」


「あ、おはようございます」


 次に出勤してきたのは看護士長である信田しのだ直子なおこだった。


 リナがこの診療所で頼りにしている信田ももうすぐ定年退職してしまう。


 そうなるとリナの心のよりどころが失くなってしまうことにリナは寂しさを隠せなかった。


瀬山せやまさん、サンドイッチ作ってきたけど食べる? どうせ朝食まだなんでしょ?」


 休憩室から信田が顔を出してリナにサンドイッチを見せた。


「やった、頂きます。信田さんのサンドイッチ大好きなんです」


 リナは走るようにして休憩室に飛び込んだ。


「あはは、慌てないの」


「だって嬉しくて。ハムとキュウリのシンプルなサンドイッチなのに、私が作ってもこんなに美味しくならないんですもん。信田さんのが食べたくてたまらなかったです」


「あらそうなの? こんなのでよければいつでも作ってあげるわよ。はいどうぞ」


「頂きます」


 リナは嬉しそうにサンドイッチを口に含んだ。


「やっぱり違う……」


「フフ。まあ、年期が違うからね。ゆっくり食べなさい」


 リナが夢中で食べている姿を笑顔で見つめながら信田が言った。


「瀬山さん、私がいなくなったらここのことよろしくね」


「え、あ……はい」


「瀬山さんに負担がかかってるのはわかっているのよ。でも院長先生もどうすることも出来ないの」


「そう、ですよね」


 リナも頭の中ではわかっていた。


 自分以外の従業員は皆四十代、五十代でそれぞれ家庭もある。


 リナが就職した頃は皆優しくリナに仕事を教えてくれた。


 ところがカルテが電子化してからは立場が逆転してしまったのだった。


 パソコンに弱いおばさんたちはすぐに仕事をリナに丸投げした。


 家庭が、子どもが、などと言い訳をしてはパソコンを覚えようともしてくれなかった。


 結果リナが勉強してカルテの作成や入力や会計、予約やお薬の管理まで全てをやらざるを得なくなってしまったのだった。


「皆ここで長く働いてくれてるのよ。だから院長先生も奥様もあまりきついことが言えないの。わかってもらえるかな?」


「はい、わかります。大丈夫です私。たぶん」


「看護士が手伝えればいいんだけどね。こっちはこっちでバタバタしてるし。ごめんなさいね」


「そんな、信田さんが謝ることでは」


「院長先生も瀬山さんに負担をかけてることはわかっていらっしゃるから、もうちょっと我慢してあげてね」


「はい」


 信田のその言葉だけでもリナにはありがたかった。


 誰かが見ていてくれて認めてくれている。


 それが自分が母親のように慕っている信田であるなら尚更リナはそれだけで頑張れる気がしていた。


「私はあと三ヶ月しか瀬山さんの支えになれないけど」


「三ヶ月か。本当にどうしましょう。信田さんがいなくなったら私、やっていけるか自信がないです」


「そうよね。院長先生にも私からよく話しておくわ。このままだと瀬山さんが倒れちゃうって」


「ありがとうございます。もう本当に、私がもう一人いてくれたらいいのに」


「あはっ、本当よね。瀬山さんがもう一人いたら安心ね」


「はい。最近本気でそう思ってます」


「わかるわ。私も若い頃はそう思ってたもの。自分がもう一人いたらたくさん遊べるのに、ってね」


「ええっ。信田さん、そんな遊んでたんですか?」


「あら、私だって昔は毎晩のように踊りに行ってたわよ。食べて飲んで踊ってナンパ待ちしたりしてね。あはは、そうね、よく遊んだわね」


「そんなことやってたんですか? 信田さんが?」


「本当に、今じゃ考えられないわよね」


「いや、かっこいいです」


「ふふ。あら、早く準備しなきゃね。瀬山さんゆっくり食べてて」


「あ、はい、すぐ行きます」


 信田が休憩室を出るのを見送るとリナは急いで残りのサンドイッチを口に押し込んだ。





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