衝撃
1
『リナ、仕事終わった? いつもの店で待ってる』
スマホに映し出されたメッセージを見てリナは思わず顔を緩めていた。
『今終わるとこ。すぐ行きます』
送信ボタンを押してからリナは急いでパソコンの電源をおとした。
パソコンのかすかな電子音が消えると、誰もいない診療所がさらにしんと静まり返る。
休憩室で着替えを済ませ戸締まりを確認してからリナは職場である診療所をあとにした。
時計の針はすでに夜九時をまわっていた。
駅前の居酒屋のカウンターに座っている純の姿を外から確認するとリナは笑顔で中に入っていった。
「純くんお待たせ」
「リナ、お疲れ」
純は優しい笑顔でリナが隣に座れるよう椅子を引いた。
リナは生ビールを注文し、椅子に座って落ち着くと純の方に体を向けた。
「久しぶりじゃない? 二週間ぶり?」
「うん。俺も出張だったしリナも忙しそうだったからな。何? 相変わらず仕事押し付けられてんの?」
「押し付けられてるわけではないんだけどさ。あまり仕事が出来る人がいなくて。だったら自分でやった方が早いでしょ?」
「リナが何でも器用にやっちゃうから周りが甘えちゃうんだよ。ちょっとは他の人にも任せてみたら?」
「でもそうすると誰かが何か失敗してさ、結局私がフォローしなきゃで倍は時間がかかっちゃうもん」
「そっか、それもあるか。難しいところだよな。まあ、俺も似たような感じだけどさ。俺が仕事出来るからって社長は俺にばっかり何でも押し付けんの。頼られるのは嬉しいけどね」
「うん、わかる。頼られるって案外嬉しい」
「でもこうやってリナに会う時間がなくなるんだよな。毎日へとへとだよ」
「あは、純くんおっさんくさいよ」
カウンターに置かれた生ビールで乾杯するとリナはそれを美味しそうに喉の奥に流し込んだ。
「いやいや俺まだ二十六だからね。リナと二つしか変わんないから」
「ふふ、急に純くんがおやじに見えてきた」
「マジか。俺もなんだか最近疲れ過ぎて老けてきた気がする。なあ俺大丈夫かな?」
純は甘えるような上目使いでリナの顔を見た。
「あはは。大丈夫だよ。ちょっとだけ疲れた顔してるけど、まだ充分若いよ」
リナは純に優しく微笑みかけた。
「ああよかった。リナもまた痩せた? 忙しくてもちゃんと食べろよ。サプリなんかで済ませるなよな」
「うん、わかってるよ」
「あ~あ、うちの会社で何か若返りの薬でも発明してくれないかな」
「そんなのが出来たら世の中大変なことになっちゃうよ」
「はは、そうだよな。あーあ。なんて言うかさ、俺がもう一人欲しいよなあ。自分がもう一人いてくれたらなあ」
「あ、それわかる。私も最近よく考えてたの。自分がもう一人いたらどんなに楽だろうって」
「だよな。そしたら仕事も任せられるし」
「自分の時間も増えるしね」
「俺が二人いたらどんなに世の中に貢献できるか」
「あは、それは言い過ぎじゃない?」
「はは、そうかな」
「うん、そうだね」
おかわりした生ビールを飲みながら、リナと純は楽しそうに話していた。
「なあ、今日リナん家泊まっていい?」
「うん、もちろんだよ。あ、でもちょっと散らかってるかも」
「はは、いいよ。明日一緒に片付けよう」
「本当に?」
「うん。そうだリナ、あれ作ってよ、朝ごはん。サンドイッチ」
「ああ、ハムとキュウリのサンドイッチ? わかった。じゃあ帰りにスーパー寄って帰ろ」
「おう」
疲れていたリナも純といると楽しくて心が安らいでいた。
それは純もまた同じであることは二人の表情を見れば明らかであった。
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