ホテルでの執行



 音声案内に従ってホテルの階段を上って行く高齢者たち。


 大広間に入るとそこにあったのは物凄い数のベッドだった。


 『奥から順番にベッドに横になり、枕元にあるヘルメットを装着してください……奥から順番にベッドに横になり、枕元にあるヘルメットを装着してください……』


 従業員のような者は見当たらない。


 高齢者たちが戸惑いを見せる中、直央のいるバラックから来ていた三郎は杖をついている老人や足腰の弱い者をベッドに寝かせるのを手伝ってまわった。


 そしてある程度落ち着くと自分もこの音声案内に従いベッドに横になった。


 枕元に置いてあるヘルメットのような物を頭にかぶせるとそれは鼻の先まですっぽりと入り、音は遮断され視界は真っ暗になった。


 突然おとずれた静寂と闇。


 それは起きているのか眠っているのかわからなくなるほど穏やかで不思議な感覚だった。




「終了しました」


「うむ。ではデスマスクを回収して焼き場へ移動だ。次の便が十二時からだからな。急げ」


「はい」


 そう言われ白衣を着た男とスーツを着た男はそれぞれに自分の部下に指示を出していた。


 指示を出された者たちはデスマスクという名のヘルメットを外し死体となった人間を次々とワゴンに乗せて積み上げていった。


 その様子を二人の男が見守っていた。


 ひとりは長谷部国家公安委員長だった。


「どうやら順調のようだね、小笠原くん」


「はい」


 そしていつものように表情ひとつ変えないのはH・Bサイエンス社の研究員である小笠原だった。


「初めてにしてはなかなかうまくいったもんだ。本当に君は優れた才能の持ち主だよ」


「これも全て社長の鬼木の考えです。私はただ言われたことを言われた通りやっているだけに過ぎません」


「はっはっ。いやいや実に素晴らしい。これだけ謙虚で忠実な部下がいる鬼木さんが羨ましいな」


 長谷部の言動に小笠原は何も答えることなくただ運び出されていくたくさんの死体を眺めていた。


「いったいこのデスマスクはどういう仕組みなんだい?」


「詳しいことは企業秘密ですので申し上げられませんが、薬殺刑と似たようなものです。マスクをかぶると全身麻酔剤を嗅がされ意識がなくなります。そして首から筋弛緩剤が射たれ呼吸が止まると塩化カリウムで心臓も停止。本人は痛みも苦しみも何も感じることはない、安楽死ですよ」


「しかしそれでは皆、総理の言葉を聞くこともなく、かい?」


「いえ。麻酔が効き始めると同時に脳内にチップが埋め込まれ心臓が停止するまでの七分間、総理からのこの現状の説明が流れます。皆さん納得して協力していただけていることでしょう」


「ほう。ちゃんと皆さんは理解した上で執行されているということだね。それなら安心したよ」


「まあ、理解はしてもその時点でもう抵抗も反論も何も出来ませんけどね」


「うん。私たちの気休め、と言った方が正しいのか」


「より良い未来のための犠牲」


「ん?」


「鬼木の口ぐせです。より良い未来にするためには多くの犠牲が必要だと。こうやって命をむしり取られるのもむしり取るのもどちらも辛い。だからより良い未来のためと思って私たちはただやるべきことをやる。それだけです」


「気休めではない、と言いたいのかな?」


「もっと強い志を持っていた方がいい、と言いたかったのです。では次の準備がありますので失礼します」


 小笠原はそう言うと頭を下げてから長谷部のもとを去っていった。


「ああ、よろしく頼むよ」


 長谷部が小笠原の背中に向かって言った言葉はむなしく周りの喧騒の中に埋もれていった。


 まるで感情がないのだろうか。


 こんなに恐ろしい事をしているのにもかかわらず無表情の小笠原に長谷部は少しだけ背筋がゾッとするのを感じていた。





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