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そんな中、リナが純との別れを決意したのは野中整形外科が一週間休診するという時だった。
院長である野中と妻の今日子がコピー人間を作るということで診療所が休みになった。
「僕もね、この歳でコピーなんて作るのはどうかと思ったんだけどね。医師会でも薦めているし、仲間たちもみんなコピーを作ってるんだよな。おかげで毎日のようにゴルフが出来るって楽しそうな話を聞かされたらね。羨ましくなってしまったよ」
野中院長はみんなを集め目尻に笑いじわを作りながらそう言った。
「みんなには悪いけど来週一週間休診にします。それと、瀬山さんちょっと院長室に」
「はい」
リナはひとり院長について診療所の一番奥にある院長室へと入った。
院長室の掃除は毎日リナがやっている。
院長室に呼ばれる時はいつも院長がお茶を入れているポットの交換か灰皿の交換だ。
診療は終わっているため、リナはどちらも必要ないのにと不思議に思いながら、一応新しい灰皿を手に取った。
「失礼します」
院長は自分のデスクの椅子に座るとリナの方を見た。
「ああ、今日は瀬山さんに相談があってね。灰皿は大丈夫だよ」
「あ、はい」
リナは恥ずかしそうに灰皿を持つ手を後ろにやった。
「実はね、妻とも話してたんだけど、瀬山さんもコピーを作ってもらえないかなって思ってね」
「えっ? 私の、ですか?」
「うん。いや、これも医師仲間に薦められててね。優秀な従業員をコピーすれば人件費がかなりカット出来て効率がいいってね」
「そんな……」
「もちろん費用はうちが出すから心配いらないよ」
「それはありがたいお話しですが……ということは、もし私がコピーを作ったら皆さんは」
「仕方ないよね。でも信田さんからいつも聞いていたけど、今まで瀬山さんには随分と苦労させてしまってたみたいだしね。皆さんにはちゃんと退職金も出るし、ちょっと遅かったぐらいだよね」
「そんな」
リナは複雑な心境だった。
院長の気持ちは嬉しかったが、自分のせいでみんながクビになってしまうのはどう考えても気分がいいものではない。
「どうやら時代はコピー人間を必要としてるみたいだね。今すぐにとは言わないから、考えてみてくれないかな」
「……はい、わかりました。ありがとうございます」
「うん、よろしくね」
時代はコピー人間……。
確か純も以前にそんなことを言っていた。
その言葉を聞いてリナはすぐにでも純に会いたくなった。
純に会って話しを聞いてもらいたかった。
相談にのってほしかった。
すぐにリナは純にメッセージを送った。
『いつでもいいから会いたい』と。
リナが住むマンションのインターフォンが鳴ったのはその日の真夜中だった。
古いマンションのためオートロックはついていない。
お風呂上がりに缶ビールを飲みながらコピー人間のことについてパソコンで口コミや情報を検索している時だった。
今まで無意識のうちに目を背けていたことだ。
だがいざ自分がとなれば少しでもコピー人間について知りたいと思うのは当然のことだろう。
「はーい」
リナは急いで玄関に向かった。
純にいろいろと話を聞いてみよう。
純も喜んでくれるだろうか。
それよりも早く純に会いたい。
そうウキウキしながらドアを開けた。
「純……くん……」
だが、そこに立っていた純は深々と帽子をかぶっていた。
「リナ、会いたかったよ」
そう、リナに会いに来てくれたのは純ではなく純のコピー人間だったのだ。
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