10
穏やかな春の朝だった。
いつもはサラリーマンや学生たちで満員の電車も休日だけあってかなり空いていた。
大型連休を利用してリナはH・Bサイエンス社の特別研究施設へと向かっていた。
最寄りの駅で降り改札を出ると都会とは思えないほど緑が広がっていた。
かつてここは繁華街として多くの若者が集まり賑やかな街だった。
近くに会社のビルを持っていたH・Bサイエンス社はこの辺りの土地のほとんどを買い占めた。
ひしめき合っていたたくさんの商業施設やビル、マンションを全て壊し、このように木を植えのどかな街に作り変えた。
もとの繁華街の名残はどこにも見当たらない。
いったい社長の鬼木にはどれだけの力と財産があるのだろうか。
そんなことを考えながら歩いていると、綺麗な公園にたくさんの人が集まっているのが見えた。
リナは歩くスピードを緩めながらその人だかりを眺めた。
みんな手に垂れ幕やプラカードのような物を持っていた。
『コピー人間反対!』
『コピー人間の廃止を!』
『生活を保護しろ!』
などと言った文言が書かれていた。
最近あちこちで見かけるデモ隊だ。
みんなコピー人間のせいで会社を辞めさせられ職にもつけない。
なのに政府はコピー人間を推奨してコピーを作らない、作れない人間の補償を何もしようとしなかった。
国民は、世界中の人間の怒りは政府とH・Bサイエンス社に向けられていた。
「君も参加者?」
「えっ」
声をかけられリナは振り向いた。
「もうすぐ出発するよ。こっち……」
若くて生き生きとした明るい青年がリナの手を引っ張った。
「あ、いえ、私は」
リナは体を固くして首を横に振った。
「え、あ、ごめん、デモの参加者じゃなかった?」
「あ、はい、違います」
「ごめんごめん。俺と同じかなって思ってつい」
青年は可愛らしい笑顔を赤くしていた。
「あは、いえ、大丈夫です」
そのあどけなさにリナは思わず笑っていた。
「え、じゃあおねえさんもしかしてあの会社の人?」
「ううん、違うけど」
「もしかしてコピーしに行くの?」
「うん。職場で頼まれて」
「そっか……」
青年は残念そうな表情になった。
「なんか、ごめんなさい」
「はは、おねえさんが謝ることないよ。会社から言われたら断れないもんね。断ったら俺みたいにクビだよ」
「えっ? じゃあ……」
「そう。俺も頼まれたんだけどさ、どうしても嫌だって断ったら即クビ。変な世の中だよな」
「うん」
「自分がもうひとり増えるとか気持ち悪いよ。あんな施設に入れられて何されるかわかんねえし。あっ、ごめん、おねえさん今から行くのに」
「あは、ううん、いいの。私も気持ち悪いって思ってるから」
「本当に? だよね。あ、俺は
「瀬山リナ」
「リナさんか。じゃあ頑張ってね」
「うん、直央くんも頑張ってね」
「うん、ありがとう。じゃあね」
直央はそう言うと笑顔でリナに手を振りながら公園の中に入っていった。
リナも笑顔で手を振り直央を見送った。
人懐っこくて表情がころころ変わる明るい直央に、少し緊張していたリナの心も軽くなっていた。
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