19



 七十歳以上の高齢者が集められたのは大きなホテルだった。


 通知がきた者たちはまず最寄りの駅前に集合させられた。


 そこからそれぞれ大型のバスに乗せられたどり着いたのがこの有名なホテルだったのだ。


 広いロビーは高齢者で埋め尽くされていた。


 直央のいるバラックに住む三郎も第一陣の通知を受け取った中のひとりだった。


 従業員も見当たらない、窓は黒塗りで外の様子もわからない。


 この広いロビーで高齢者たちはいったい何が行われるのかと不安そうな表情でわからない何かを待っていた。


 やがてロビーに音声案内が流れ始めた。


 『皆様、右側にある階段を上り二階の大広間にお入りください……皆様、右側にある階段を上り二階の大広間にお入りください』


 高齢者たちはゆっくりとした足取りでぞろぞろと連なって二階への階段を上っていった。


 それはまるでたくさんの人間たちが天に召されていくような異様な光景にも見えた。





 第一陣の高齢者たちが呼び出されて三日経っていた。


 その間にももちろん高齢者は呼び出されていく。


 直央は三郎たちが出ていったきり帰ってこないことを心配していた。


「三郎さんたち何やってるんでしょうね。スマホも通じないし」


 直央はどんどん人が減っていくバラックのテントの中で浅間と菊田に向かってそう呟いた。


「はは、直央くん心配なのはわかるけど、もしもコピーを作っているのなら三日はかかるだろう?」


「それ聞くの何回目っすか。心配しすぎだって」


「いや、でも……」


「あれっすよ。お年寄りだからなんかいろいろと検査とかして時間がかかってるんじゃないっすか?」


「それもあるかもしれないね。体のことを考えてゆっくり休んでるのかも」


「そんな、今まで散々ほっといていきなりあの政府の連中がそんなことしますかね」


「んー。まあ、僕たちがいろいろと考えたってどうしようも出来ないってことだよ。黙ってみんなの帰りを待つしかない」


「でも俺、やっぱり心配です。なんか嫌な予感がするんですよね」


「嫌な予感って?」


「いや、もうみんなこのまま帰ってこないんじゃないかって……」


 直央がそう言うと浅間と菊田は顔を見合わせていた。


「まさか。帰ってこないとしても、じゃあみんなはいったいどこに行ったって言うんだい?」


「わかりません。でも俺……俺やっぱりちょっと見に行ってきます」


 直央は意を決したようにスッと立ち上がった。


「ちょっと待ってよ直央くん!」


 菊田は慌てて直央の腕を掴んで静止させた。


「それは危ないって。そのうち僕たちも呼び出しがかかるんだから、それまで待っていようよ。ね?」


「お年寄りの中に紛れるのはちょっと目立ちすぎっすよ」


「でも俺このまま何もしないで待ってられません」


「んー、わかったわかった。わかったから一旦落ち着こう」


 菊田はやっと直央の腕を引き戻し座らせることができた。


「じゃあ何か作戦を考えてからにしようよ」


「作戦、ですか?」


「うん。まず、みんながどこに行ったのかを調べなくちゃ」


「……はい」


「明日呼び出されて行く人を尾行でもしますか」


 浅間がそう提案した。


「そうだね。最寄りの駅まではわかるからそこからだよね。きっと迎えのバスか何かに乗せられるんだろうな。そしてスマホの電源をオフにさせられる」


「じゃあやっぱり尾行するしかないっすね」


「じゃあ俺が明日行って場所を見てきます」


「あ、いや、直央くんはここで待機しててくれないかな。尾行は僕と浅間くんで行ってくるよ」


「え、なんで、ですか」


「もしも三郎さんたちが帰ってきたら直央くんがいないと寂しがるだろ? それに場所を見つけたとして直央くんはそのまま何もしないで帰ってこれるかい? 直央くんのことだから勢いで突入しちゃうかもしれないからね」


「……あ」


「突入するなら深夜がいいっすね。ちゃんと準備してから三人で行きましょう」


「うん。ほら、浅間くんの言ってることが正解だと思うよ。何をするにもちゃんと準備っていうものが必要だ」


「わかりました。でも準備って?」


「そうだな、明日場所を確認してからになるけど、建物に侵入するために必要な物は?」


「え、そんな泥棒みたいなこと……」


「自分たちがやろうとしていることは泥棒と同じっすよ。鍵がかかっていたら壊して、壊れなかったら窓ガラスを割って侵入する。みたいなことっすよね、菊田さん」


「うん、そうだね」


「そっか……」


「ん? やっぱり止めておくかい?」


 菊田はうつ向いた直央の顔を覗き込んだ。


「いえ、やります。やるしかないです」


「はは、わかったよ」


「とにかく明日場所を確認してからっすね」


 浅間と菊田の協力は嬉しかった。


 だが直央はそれよりも三郎たちのことが心配でたまらなかった。


 早く明日にならないか、そればかり考えていた。





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