普通とは Ⅰ



 今日、はじめてその名を呼んだ私の主人となる人を思い出す。前から、呼びたかった名前。はじめて私を見てくれるその瞳。


「エレーヌ殿下…… 」


 月明かりに照らされてキラキラ輝く髪を持つ私の主人は、私が部屋でこんな時間まで待っているとは思わなかったのか、やや驚いた表情で私を見つめた。


 私の眼の色と逆の色。私が失ってしまった色。


 思い出すと、契約のせいか今でも心臓が落ち着かなくなってしまう。エレーヌ殿下の眼と同じ色をした玉を見つめると、じんわりとあたたかい気持ちになった。これはどんな気持ちだろう? こんなの教えてもらったことなんてない。



 王に任務を与えられたときのことを思い出す。私の力を見込んで頼まれた。役割を持つには少々早い年齢らしいが、歳が近い方が互いのプシュケーや力にとってはいいらしい。


「ノータナー。エレーヌを頼むよ。私にとって特別な子だ 」


 あの方は特別。普通ではない力を持つ者の中でも、更に特別。ーーでは、私はあの方の特別になれるだろうか?


 そんな烏滸がましい考えを忘れようと必死に別のことを考える。特別の反対は普通。普通の関係。でも、 ≪血の契約≫ を結んだからには普通とは言えないか。


「普通ってなんだろう…… 」


 私にとっては普通でも、ある人にとっては普通ではないのかもしれない。そしてまたある人には……私は普通がわからなくなって、目が冴えてきた。落ち着かない。そんな時には、決まって日記を書く。


「もし、何かが起こった時に必要な訓練だ 」


 とある人に日記を書くように言われた。最初は、よくわからなかったけれど今もこうやって自分の頭の中を整理するために書いている。今日は眠れなくなりそうだ。



 何か人と違う点がある場合、二通りの見方があると教わった。ーー異常もしくは特別


 私の場合は、他の場所では異常と言われるのかもしれない。


 生まれてからずっと当たり前だと思って居たことが、他の人とは違うと気がついた時、これまでの普通が異常に変わってしまう。


 

 例えば、幼い頃の私は、『起きている私と夢の中で生活する僕』一つの身体で二つの意識を持っていることが当たり前だと思っていた。


 起きている自分が昼の世界、日が沈み、夜になって日中の生活が終わり眠りにつくと、夢の中での僕が目覚める。夢の中では、名前も違う僕は色々な場所に行ける。太陽が出ている時にしちゃいけないことだってできた。


ーーみんなそうだと思っていた。


 夢の中で体験した出来事を幼い私は普段と同じように周りに話していた。そんな我が子をみた両親は、子ども特有の作り話だと思って微笑ましく見守ってくれた。


 我が家は他の国に行く仕事をしていた父について、色々な国を点々と巡っていた。私は生まれた場所とは違う地域の文化に影響を受けていると思っていたそうだ。


 

 太陽が出ているのに僕が出てきた時があった。僕は、空を鳥の様に飛んでみたいと思った。でも、日が出ているから出来なかった。


 私が成長するにつれて、眠っているのが私か夢の中を起きているのが僕なのか、混ざってしまっていた。


 両親は段々と気がついていったらしい。他の兄弟と比べて、この子がもしかしたら普通ではないのでは? と。父は人脈を活かして色々な人に相談していた。神殿にも連れて行かれた。


 ある日、父が同じような仕事をしているミィアス国の人を連れてきた。その人曰く、私は他の子とは違うらしい。


「 ≪神の力≫ を持つ子どもだから、力をコントロールできるようになるまで、この子は普通の人と離ればなれにしないと行けません 」


 とその人は私たちに言った。父は思い当たる節があったのか、黙っていた。母は泣いていた。



 ≪神の力≫ とは、普通の人が持っていない神聖な力。その人の国では、大体王家の血が流れる人が持っている。稀に、王家と関係がなくてもその力を持って生まれる場合があるが、目覚める時が人それぞれ。


 力は時より暴走してしまう恐れがあるので、コントロールできるようにならなければいけない。そして、その力は王によって管理される。


 私は幼いながら力に目覚めてしまっていて暴走を起こしかけているので、王が建てた寄宿舎に入る必要がある。




「……今すぐにですか? 私たちの子は普通でないから……こんな小さいのに親元を離れなければいけないのですか? 」


 涙ながらに話す母に尋ねられたその人は、躊躇いつつもある提案をした。


「この子を一年だけ、ご家族の元で暮らすことが可能か検討してみます……本当に特例です。 許可が出るかは保証できません。そして何があってもいいように、私もこの地域に居住してこの子を見守り、教育する。他にもこの子を守るために条件をつけようと思います。ーーいかがでしょうか? 」


「是非、なんとしてでもお願いします……!! どうか……!! 」


 

 この時のことを、今でも覚えている。それから、両親とあの人の懇願で王の許可を貰い、条件付きであの人から ≪神の力≫ について教わるようになった。その条件がなかなかややこしかった。


 これは後から聞いたことだが、この出来事をきっかけに幼少期の ≪神の力≫ を持つ王族以外の子どもたちの保護制度が再度見直されたらしい。


「とても苦労したが、かねてより私も王も検討していたことだった 」


 と私と同じような過去を持つあの人はよく言っていた。


 それから一年間、あの人から厳しい訓練を受けた。そのおかげで、私はいまここにいる。今は亡きその人を思い、月を見上げた。


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