≪血の契約≫ を終えてから胸のあたりが痛い。何かに取り憑かれたのか自分の全身が重く、怠い。倒れないようにするのが精一杯で、そこからどうやって部屋に戻ったのか記憶がなかった。誰かが寝台まで運んで寝かしつけてくれたらしい。


( ふわふわくるくるする……)


 まるで熱を出しているのかのように頭が熱くて割れるように痛い。朧げな意識のまま、目を開いた。暗い室内に入り込む僅かな月明かりを頼りにしてあたりを見回すと、視界の端で誰かが寝台の側まで歩いてくるのを捉えた。


「エレーヌ殿下、お飲み物はいかがなさいますか? 」


 もしかして、彼はこんなに月の光が眩しく感じるほど空が真っ黒になるまで、私が目を覚ますまでじっと待っていたのだろうか?


 私は契約というものがよくわからない。従者のように従順に振舞う彼に少々違和感を覚えてしまった。


 ──彼とは主従関係とはいっても、私を守護してくれる人であって、私に仕えるものではないはずなのに。この世界での主従がよくわからない。この関係がそうさせるのか、彼の性格故なのか。今はこの展開に甘えてみることにした。


 


 月光がノータナーの黒い髪を照らしている。近くで見ると毛先が赫いことに気がついた。


 月夜に照らされる彼の姿は孤独な美しい狼のようだ。──そうだ。彼が。ふと、思い出した。原作の挿絵で見た時よりも随分と幼く、髪型も変わっている。


「ありがとうございます。でもまだいらない──」


「……エレーヌ殿下、私に改まった言動を取られてしまうと困ります。エレーヌ殿下は私の主人です 」


「ごめんなさい、そうよね主従関係を結んだものね…… 」



 主従関係なんて、夢の中でも慣れることはないだろう。≪血の契約≫ は原作でも出てこなかったし、エディ兄様もレオスも結んでいないと思う。


 本来、王が神の力を持つ者たちを管理するために契約をするものだ。これは自然に結ばれているものもあるが、神の力の持つ者の力が特殊だった場合などに、特別な縛りをするという。


 では、≪血の契約≫とは? 今まで聞いたこともない。神の力を持つもの同士の主従関係。もしかしたら、この世界が破滅しないように何かが暗躍しているのかもしれない。確か、私が原作で読んだ範囲では、主人公のユディにノータナーは付き従っていたように覚える。ここから、≪血の契約≫ を解消する何かが起きるだろうか?そもそも、原作にも出てこなかったので、この事は誰もしらない。


 契約の際に、玉に私の力を込めたが玉自体、ノータナーが持っているので、物理的な繋がりをまだ感じることができない。これから、信頼関係を築くことができるだろうか。背中を預けることのできる。そんな感じの。私はそういう関係を望んでいる。この世界が破滅してしまわないように。


 そもそも昨日今日会った人物と契約なんて彼はどう思ったのだろうか? 彼の出自も知らない。私は彼について知っていることが無に等しいのだ。




 『オルフェリアの希望』では、目の前の青年を主人公のユディは怖がっていた。今は少年の背丈だけど、ユディとの初対面のシーンでは成長したノータナーは体格がよく、上から見下ろす鋭い視線にユディは怖気づいてしまっていた。


 『月もない暗闇のような感情を映さない冷徹な眼』と表現されていたことを思い出す。



「ごめんなさい、ノータナー。これからよろしくね」


 ユディとの初対面の強い印象を消すように、彼の目を見つめて笑顔でやり過ごす。


 原作よりも澄んだ綺麗で高貴な色をした彼の目に私はどう映っているのだろう。


 原作までとはいかないが彼の表現は少し硬い。途中までしか読めていないけれど誰かから極秘任務を受けている描写があった。その命令か立場か、それとも関係性が、彼を変えてしまったのだろうか?



「はい。お疲れのところ起こしてしまい申し訳ございません 」


 ──どうにかして、年相応とはいかなくても、ユディが怯えてしまわないようにしたい。


 私がノータナーと主従関係を良好に築けたら、少なくとも、なんらかのトラウマの原因にはならないだろう。


 それに兄弟以外で一番そばにいるので、仲良くして欲しい気持ちもある。極秘任務も相談できるなら力になりたいし、信頼しあう関係性であることに越したことはない。



「そんなこと……! ごめんね、ノータナーも疲れているだろうに……今日はもう下がっていいよ」


「はい、エレーヌ殿下の ≪血の契約≫ ははじめてと聞いております。ゆっくりお休みください」

 



 退出するノータナーを見送り、ひとりの時間がやってきた。既視感と違和感。同じことで悩んだことがあるような気がする。


 これがはじめてでは、ない。私の記憶の何処かに存在する思い出を探すうちに、瞼が重くなり思考に靄がかかってきた。


 眠りについたら、また夢を見るのだろうか。起きたら、元に戻って居ますようにと願いつつも、頭の隅でノータナーのことが気になって仕方がなかった。



 彼を表現するなら、夜、闇夜、そして真夜中。黒より暗い色が似合うと思った。



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