契約



 見ず知らずの人が怖くて、思わず王の後ろに隠れてしまう。彼はそんな私を気にせず、感情が読み取れない目で私を見つめ続けたまま一歩でて距離を詰めてきた。ぐいっと私に顔を近づける。

 


「ミィアス国の月、エレーヌ殿下にご挨拶申し上げます。はじめて……ではないですが、改めましてシェニィアと申します。普段は陛下に仕えております 」



 背の高い彼は、私の目の前で両膝をついた。私の目線に合わせくれているのだろうか。黒いローブとこの姿勢から、神に祈りを捧げているようにもとらえられる格好だ。


 シェニィアのシルバーの目が私を捕らえたまま目を逸らさない。口元は微笑みをたたえているのに、何も感情を読み取らせようとさせない作り込んだ表情が、より一層彼の無機質感を助長する。


 彼は人なのだろうか。近づいてみても、血の通った人間の気配がしないため恐怖を感じてしまった。囚われたらどうなってしまうのだろう。



「エレーヌ殿下の瞳は太陽のようです。とても綺麗だ。太陽あいるいは人類に救いをもたらす火。再生の希望ーー。ああ……本当に融合が成功したのですね。とても喜ばしいことですね、陛下 」


「ああ、なによりだ。……ノータナーもこちらへ来なさい 」



 ノータナーと呼ばれた黒髪センターパートの少年がシェニィアの隣にくる。手には黒い手袋をしている。


 何処かでみたことがあるような気がする。歳はエディ兄様よりすこし上くらいだろうか、落ち着いた表情の彼の目は宵闇のようで、何も映さない。


 その瞳から、子どもとはかけ離れた冷静さと孤独故の寂しさを感じる。シェニィアに催促され、彼は私の前で跪く。


「エレーヌ殿下、私はノータナーと申します。この度、エレーヌ殿下を護る命を陛下より仰せつかりました 」


「彼がエレーヌを守護してくれる者。ノータナーという。これから主従関係を結ぶ契約をする 」


 

 王が紹介したいのは、この少年とは理解できた。エディ兄様とレオスがこの場から外した理由も、反発を免れるためだろう。ーーでも、私を守護する者が必要? 私だけに?


「父上、なぜ必要なのですか? 」


「エレーヌに何かがあった時に、まもってくれるものが必要だったからだよ。 エレーヌの ≪神の力≫ は、先程説明した通りあまりにも純粋で穢れに弱いんだ。……ないことを願いたいが、≪混乱≫ を起こし暴走したら止められる人物がいつもすぐそばにいた方がいいだろう? それに加えて、外敵からまもるためでもあるんだよ。安心しなさい。彼も ≪神の力≫ を保持している 」


 要するに、彼は私の護衛兼監視役なのだろう。でも、なにか他の思惑もありそうで勘ぐってしまう。



 ≪神の力≫ を王が話題にあげると、少年は一瞬ビックっと全身を強ばらせた。手袋が音を立てるほど手を握り締めている。


 何かトラウマやコンプレックスがあるのだろうか。心配で、いてもたってもいられなかった。彼に近づいて、主従関係を結ぶといっても初対面なので敬語で話しかける。


「そんなに握り締めると痕ができてしまいますよ。 すみません、触れますね。落ち着いて、ほら指をゆっくり開いてください 」



 彼が無意識でやっている癖なんだと思う。初対面の子の手を握るのは少し警戒されそうだが、血が出たら大変だ。


 私が両手で彼の手を包み込むように触れ、指が開けるように誘導する。一瞬触れた手を引っ込めようとしたが、深呼吸をさせると固くなっていた手が開いていく。



 彼の手が解けてほっとしている私とはっとして目を見開いている彼はお互いに見つめ合う。誰かの咳払いで、彼が慌てて手を引っ込めた。



「血の契約の儀式をしましょう、ノータナーはこちらに 」


「は、はい 」


「血の契約……? 」


「ああ、エレーヌとノータナーの主従関係を神様に認めてもらう儀式だ。 ≪神の力≫ を持つ者はミィアスの国王が代々、神のかわりに管理しているんだ。 神の末裔で、神の血をひくとされている王の子でもある ≪神の子≫ と、王族とは別にまれに生まれてくる ≪神の力≫ を持つ者が主従関係を結ぶ時は、まだ ≪神の子≫ が国王ではないから、特殊な方法で契約をする 」



「陛下、準備ができました 」



 祭壇には ≪ミィアスの天秤≫ にデザインの似ている剣と天秤に付いている玉とは少し大きさも光沢も異なる玉が置かれていた。


 本来なら王が全ての ≪神の力≫ を持つ者の管理をしているが、その一部権限を ≪神の子≫ に譲渡するので、特別な契約をするーー。初対面の少年にとっては、私が主人になるのは正直なところ不安でしかないだろうに……。



「エレーヌ殿下、こちらの玉に ≪神の力≫ を込めていただけませんか? 」


「え…… どうやって? 」


 王とノータナーだけの儀式だと思い込んでいたので急に呼ばれて、慌ててしまう。



「天秤の時と同じように、玉に手を触れて、自分のプシュケーと鼓動を通わせるんた 」


 そう言われても、天秤のときは傾きに気を取られていたので、気がついたら終わっていた。あまり何も覚えていない。


 ≪血の契約≫ と物騒な名前がつくからといって、いつまでも怖気付いてはいられない。両手で玉にふれて、力を玉に送り込むように集中した。


「あっ……! 」


 なにか吸い込まれていく感覚。これが力を送り込んでいるという事だろうか? 持っていかれそうになる前に手を離す。少しだけよろめいてしまったけれど、こんどは立っていられた。


 次はノータナーの番。王が ≪ミィアスの剣≫ を持ち、その鋒がわずかにノータナーの額に触れた。彼の額からわずかに血が流れる。


 想像していたことよりも物騒で、止めようとしても動けなかった。剣の先からノータナーの血が玉に落とされると、玉がどんどん光を放ち煌めいていく。



「ーーっえ、うそっ、ノータナー? 大丈夫? 」


「はい、大丈夫です。すぐに治りますから 」


 血がでているはずのノータナーの額をおそるおそる見てみると、もう傷はふさがっていた。玉に流した二、三滴でもいきなり血を見るのは心臓に悪い。


 私以外の三人は落ち着いていて彼らはこれが普通なのかと驚愕した。まだ儀式は終わっていない。こうなったら、最後まで耐えよう。



「エレーヌ殿下、この玉をノータナーに 」


「はい 」


 ≪神の子≫ の力と血を込めた玉は赤が少しまざったような琥珀色をしていた。きらきらしていて、幻想的な色。この玉はノータナーが持っておくものらしい。彼が私の前で膝をつく。自然と言葉が出てきた。



「ノータナー、貴方の ≪神の力≫ を私に貸していただけますか? この契約が有効な限り永遠に 」


「エレーヌ殿下、私のプシュケーを貴女に捧げます…… 」



「エレーヌとノータナーの血の契約をここに証明する 」




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