資格




「無理に力の練習をしないこと。それから、気持ちを溜め込まないこと。いつでも相談しなさい。甘いお菓子を用意して待ってるから、ね? 」



 彼方此方に散らばる、巻物や東方から取り寄せたと思わしき、木簡。積み上げられた粘土板に、遺跡から発掘したのか所々欠けていたりひびが入っている古い石板まである。




――ここは宮殿の西側に位置する研究所のある一室。主人は現国王の実の兄弟、アーティ叔母様。


 



 妹のエレーヌと弟のアストレオスを避けるようにして、ある時を境に私はここによく訪れていた。



 この部屋の主人は、私の性格をよく知っているのか理由も聞かずに暖かく迎え、色々な話を聞かせてくれる。そしてお土産に、頭を動かすから常に常備しているという、とても甘いお菓子を沢山くれる。






 どうしてこんなに優しくしてくれるのか、一度、叔母に尋ねた事がある。


「先を生きているから、ね。エディを守りたいんだ。誰だってそう思うよ 」

 


 そう言って、笑って髪の毛が乱れるほど頭を撫でられた。この質問をした時は、色々あって少し捻くれていて、臆病な私は、叔母様が答えに悩んで答えられなかったらとか、もしくは私が王位継承者の資格がないものと同情されてしまうようなきがしていたので少し驚いた。



 

 叔母様は、王の資格があるのにも関わらず、神の力の研究者になることを選んだ人だ。 



「エディは賢いから研究者も向いていると思うな 」



 王にならなければいけない、誰かのためにならなくてはいけないという、重圧に潰されそうになっていた私を叔母様は救ってくれた。




 悩み続けて捻くれた私に、誰かのために力を使う方法にはこんな分野もある、と道を示してくれた。私は叔母様のように、エレーヌとアストレオスを守りたい。そう思うようになったのはこの時からだった。






 母を亡くして、どうしようもない感情を抱えた私にとって、同母のエレーヌとアストレオスは気持ちをわかり合える存在だと思っていた。




 兄弟三人で力をあわせて生きていこう。私は兄として二人を守ろうと決意した。先に生まれたからには、兄としての役目を背負っている。母がいない分も寂しくさせないように二人と家族として沢山の思い出を作ろう。



 

 そう勝手に思って無意識のうちに、兄としての重圧を抱え込んでしまった。次第に兄として、意識するあまり苦しくなっていった。







 私は二人より少し早く生まれた。ここで同じ境遇なのは、前王の長子として生まれたアーティ叔母様だけ。優しくしてくれるのも、同じ一番上として生まれたから私の気持ちがわかるのかもしれない。




ーー唯一叔母様と違うところといえば、王になる資格の有無だった。




 私は薄々気づいていた。次の王になるのは自分ではないと。ミィアスの天秤が私の力の使い方、プシュケーを判定するたびに、母が物心もつかない前の私の背中をさするのだ。「大丈夫。大丈夫」と、それは私に言っているのか、それとも自らに言い聞かせているのか母が居ない今、その答えを知るものはいない。




 段々と成長するにつれて、この天秤が私をどう審判しているのかわかっていった。私はこのままでは誰の役にも立たない。王の資格がないと突きつけられた。






 

 あの日エレーヌが目を覚さなくなったとき、もう一つ資格を失ったと感じた。




 もしかすると、妹と弟を羨む気持ちがプシュケーに見透かされているのかもしれない。もしかしたら、無意識のうちに私が ≪呪い≫ を創り出して、エレーヌに災いをもたらしてしまったのではないか? 私ならそれもできてしまうなずだ。恐ろしい



 兄失格だと泣きじゃくった。それは、弟のレオスが驚いて泣き止んでしまうほどに。父様に慰められていても自分を責める気持ちはおさまらなかった。






ーー正直、羨ましかった。妹と弟は、私にとって願望であり羨望でもあった。 



 いつも一緒の双子は互いにわかり合える関係だった。それもそのはず、二人は生まれた時から一緒だから。二人には独特の絆がある。同じ兄弟でも、超えられない壁がある。どんなに努力しても届かない何かが。



 そして、エレーヌとレオスの審判の時、ミィアスの天秤が私の時とは違う傾きを見せた時、じわじわと私の感情が暗くて深い ≪混乱≫ に飲み込まれていくのを感じた――。





  ≪神の力≫ をもつ者としての資格も兄であることも、王になることもできない私の中では、今も闇が広がり続けている。 ≪呪い≫ になったとき皆は私をどうするのだろう。



 仄暗い感情と暗闇に飲み込まれていく恐怖を感じながら、今は現状維持ができるように治療をしている。いつ何が起こってもおかしくはないからだ。








「――エディ、エディ聞こえてる? 」


「……!ごめんなさい 。叔母様、少し気が遠くなってしまって…… 」



 心配そうに、私の目を見つめ叔母様は私の器とプシュケーの状態を観察し始める。



「異常はございません。安心してください。 ≪呪い≫ は貴方をそんなに早く蝕むことはないでしょう、殿下」



 先ほどの親しげな会話とは一転して、恭しく畏まった言動で、私の医師としての見解を述べる。




( 私には、殿下と呼ばれる資格も王になる資格もないのに…… ≪呪い≫ にならないようにするのが精一杯…… )





 そんな思い詰めた表情を悟ってか、叔母様はこれからイタズラを企んでいる子どものように内緒話をしようと、耳に片手をあてて語りかけた。



「もしかして、甘いのが足りないのかも……!誰にも内緒でここでお菓子食べちゃう? 」


「ダメですよ、叔母様。ここは貴重な資料があるから飲食禁止です 」



 もちろん、私の暗闇に飲み込まれそうになった意識を向けさせようとして言っていることはわかっている。



「エディは我慢できて偉い!!さすが!!そんなエディにはこの巻物を貸そう。はい、それとこれはお土産。今日はこれから天気が良くなるから、中庭で食べるといい 」




 私が神の力についての知識が欲しいと感じ取っているのか、叔母様はいつもわかりやすい資料を選んで貸してくれる。



「ありがとうございます。アーティ叔母様。良い日をお過ごしください 」


「うん、いい笑顔。エディはその表情が一番だよ 」





 

 外に出ると、雲から太陽が顔を出していた。一旦部屋に戻り、お土産のとても甘いお菓子を置いてから、お気に入りの場所へと向かうために、回廊を歩いていると弟のアストレオスに声をかけられた。



「エディ兄様!! エレーヌが 」



 いつもとは違う様子のレオスに、思わず危ないから走ってはいけないと注意もできずに、嫌なことを考えて声がでてこない。



「エレーヌがね!!エレーヌの目が輝いているんだ。叔母様に伝えなきゃ 」


「か、輝いて……?! 」


「兄様!! はやく叔母様のところに案内して 」



 

 きっとさっきの部屋にいるだろう、咄嗟にそう予想して、アーティ叔母様を呼びに二人で走った。 




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