僕のはんぶん



 僕とエレーヌは生まれるよりも前からずっと一緒だった。器と呼ばれる身体は2つでも、プシュケーはきっとひとつ。


 理由なんて難しいことはわからないけれど、怖いことも不安なこともエレーヌが居るだけで耐えられる。どんなに辛いことも全て僕とエレーヌで乗り越える事ができる。言葉を交わさなくても通じ合える。理由なんて知らないけれど、全部。わかる。僕たちはおなじ時を生まれる前から過ごしているのだから。



僕のはんぶんであるエレーヌとなら──。


 

 エレーヌは力と器が釣り合わないことがあるのか、小さい頃から寝込む事が多かった。ぐったりとしたエレーヌを元気づけるのは僕の役目。



  ──でもある日、エレーヌが目を覚さなくなった。


「エレーヌのプシュケーが純粋で穢れに弱いから、器が不安定になっているんだ 」


 と父様は心配で泣きそうになる兄様と僕を、落ち着かせるように言った。


 でも、エレーヌがここまでおかしくなる予兆はなかった。僕たち神の力を持つものたちは自分のプシュケーの状態を天秤で調べるーー神の力をどのように使うのか判定を受ける義務がある。


 この間もエレーヌはずっと前と変わらなかったはずなのに。僕たちに説明をした時の父様の表情が、まるで自分が悪いことをしたかのように見えてなおさら不自然に思ってしまった。


 

 その日を境に、僕は変な夢をみるようになった。岸から落とされて、暗くて広い海が僕を飲み込む夢──。 


 太陽が雲に隠れ、雨が降る日が増えていった。鳥たちの声も聞こえなくなった。エレーヌと過ごした日々が段々色を失くしてしまっている。


 寒い時期が終わる頃、エレーヌの目が開くようになった。でも、ぼんやりしていてどこか遠くを見ているようだった。ここにいるのにここにいない。


 エレーヌに毎日会いに行って目を見つめるのが僕の日課になった。エレーヌが居なくなってしまわないように。僕が繋ぎ止める。僕たちは双子だからその絆で。


 


 その日は突然訪れた。少し変な予感がした。こんな時は大体、何もないところで転んでしまったり、歯が抜けたりする。でも僕に起こることではない、もう一つ、僕の半分に関わること。


 僕の部屋とは反対側にある、エレーヌの部屋へと向かう。走ったり運動は億劫なのに、自然と足がもつれそうになるほど急いでいた。



 

 部屋の前に着いて、息を整える。心配すると悪いから、焦ってボサボサの髪の毛を直した。


「嫌な気配がするから、来たんだ 」


 ──寂しそうな表情をしたエレーヌがひとりでいた。


 虚な目が僕を捉えた瞬間、夜空の星々を集めたようにきらきらと輝きはじめたように見えた。



 嫌な気配の正体は、時々僕たちを構いにくるオルフェとかいう名前を持つ ≪アポスフィスム≫ だった。


 混乱しているエレーヌにもちょっかいを出したと聞いて、尚且つそれがきっかけかわからないけど、エレーヌが調子を取り戻すなんて気に食わない。面白くなくて、あいつの名前をエレーヌに伝えなかった。



 状況を把握できていないのか、ぼんやりしているエレーヌの手をとって座らせる。


(ここに、エレーヌがいる。いつ振りだろう、こうやって二人ならんで座ったのは── )


 エレーヌの存在を実感したくて、これが夢じゃないって思いたくて、そっと触れた手は暖かかった。


 今まで話せていない話を聞いてほしい、 ≪アポスフィスム≫ なんて放っておいて、エレーヌを独り占めしたい。でも、エレーヌがこうやって目覚めたから急いで誰かに知らせないといけない。


  ──喜びと焦りでごちゃごちゃになりそうだ。



 結局のところ、エレーヌは記憶が曖昧であるという事を僕は知っていながら、エレーヌを戸惑わせてしまうかもしれないのに、僕の名前を読んで欲しい気持ちが勝ってしまった。


「──アストレオス、ずっとレオスって呼んでくれてた 」


 息を殺して、エレーヌの口から名前を呼ばれるのを待つ。こんなに誰かに呼んで欲しいなんて思ったことないのに



「……レオス 」



 とエレーヌが口に出した瞬間、ずっと探していた何かを見つけたかのような、そんな気がした。どこかに寂しさでいっぱいになっている箱の鍵が見つかった。その箱を今開けようとしている。


 僕たちは、生まれる前からずっと一緒だった。そう、これから先の未来でも。


 ──エレーヌは僕のはんぶん。




 嬉しさに顔が緩みそうになる。名前を呼ばれただけなのに…… 僕がこんなに喜んでいるなんて知られたくなくて、名残惜しいけれど、叔母様を呼びに行くという口実で部屋から出る。


 外に出る直前、エレーヌにお揃いの髪色を褒められた。


 双子だから一緒の髪なのは当たり前なのに、と思いつつも恥ずかしくて、つい顔が赤くなってしまう。僕とエレーヌの共通点だから。素直に嬉しい。


 こんな顔を誰にも見られないように、アーティ叔母様を探すことにした。



「アーティ叔母様どこにもいないな……? 」


 いつもいるはずの叔母様の専用の場所に行っても見つからない。宮殿にいない。館にもいない。


( ……はぁっ、はっ )


 どこにもいない。もどかしい。早くエレーヌのことを伝えたいのに。喜びを分かち合いたい。


 アーティ叔母様は僕たちの父様の兄弟で、神の力を持つ者たちの研究をしている。そして、僕たちのお医者さんでもある。だから早くエレーヌのことを伝えないといけないのに。



 回廊を歩いていると、僕とエレーヌより少し暗い色の髪を持つ、エディ兄様を見つけた。


 エディ兄様は、最近アーティ叔母様から勉強を教わったりしているみたいだから、多分叔母様のいる場所がわかるはず──!


「エディ兄様!! エレーヌが 」


 思わず走ってしまったけれど、小言は言われなかった。


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