動きだす Ⅱ
まだ遠くに起こることだと思っていた私が間違っていた。
──いや私が、もしかして、未来を変えてしまった?
思ったより早くエディ兄様の力が目覚めてしまい、≪エピソード≫ が狂っている兄様の ≪神の力≫ は呪いへと変化してしまった。
昔はこの現象がおこると、神から授けられた大切な力を開花できないものは幻の者として、その名の通り殺されることがあった。と、かつて呼んだ史料に記されていた。暴走が一度起こると犠牲は否めない。
兄様が居なくなる、そんなことはないはずなのにエディ兄様のこれからを思って、今すぐノータナーの手を振り解いて駆けつけたくなる衝動に駆られる。
「……私が、私の今の記憶なら…… 」
「いけません! エレーヌ殿下、これから天秤へ向かいます。 急ぎますから、舌を噛まないようにお気をつけください 」
ノータナーの抱き抱える力は優しいようでいて、それでも私を逃がさないようにとだんだん力強くなっていく。なぜか、宮殿の外へと向かっていた。彼に抱えられながらあることを思いだす。
──エディ兄様のエピソードが崩れた原因は
「あぁ、あぁ、なんてこと…… 」
『母様が亡くなったことなんだよ』
これは、私が原作で読んだ範囲では仄めかされていない。
──では、この言葉は誰から受け取った記憶だろうか?
頭が混乱している間にノータナーに連れられて、ミィアスの天秤がある祭壇の前に到着していたらしい。いつのまにかノータナーの上衣を握っていたようで、恥ずかしさもそこそこに、気づかれないようにそっと手を離した。ノータナーは辺りを見回すと祭壇に一番近い椅子に私を下ろした。
「エレーヌ殿下、お怪我はないですか? 」
まだ空は闇の部分が多かったはずで、顔を半分だけ出した太陽のその光が反響してか、神殿の中は純粋な朝日で染まっていた。彼は私の顔から腕、胴体、脚と念入りに怪我がないか探していく。ノータナーの顔が太陽に照らされている。くっきりとした鼻筋や心情を悟らせない瞳がこの場所と相まって彫刻のように感じてしまう。
ここで初めて出会ったころよりは、私も彼が考えていることがわかるくらいに距離が縮まったのだと思う。感情の起伏が激しくない彼なのに、いつのまにか年相応の少年のような顔を見せるようになった。私が夜着のまま飛び出してきたことに気がつくと眉を顰めて、彼の上布をそっと肩からかけてくれた。そういう気遣いも主従関係だからこそではなく、普通の関係として思ってくれるといいのだけれど。まだそれを願うには贅沢すぎる距離感だった。
──今はそれを言葉にするにはまだ早い
「ノータナー、さっきのって」
ノータナーがそばにいるから、安心できた。まだ兄様のところへ行きたいという焦燥感は抜けきれないけれどもまずは、状況の確認からだ。未だになにから話して良いのか考えあぐねているノータナーに先立って、私から話を切りだすことにした。
「おそらく、エレーヌ殿下の考えられていることが起きたのでしょう…… 」
頭の隅のどこかでエディ兄様の呪いの発動──すなわち暴走──が防げると思っていた私がいた。その私が立てていた計画も全てなにもかもあっけなく消えてしまったのだ。
私の記憶の中での兄様の将来と、この国のこれからを思って絶望が私を支配した。とたんに恐怖でガクガクと震え出してしまう。
「あぁ、兄様を救えたのに、救えたかもしれないのに……!! 」
「エレーヌ殿下、気を確かに 」
ノータナーが私の背中を摩ってくれている。彼のその手の暖かさに張り詰めていた気が緩み、我慢できなくなった私は、彼に縋りついて泣いてしまった。
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