動きだす Ⅲ




 空が真っ赤に染まっている。これは太陽の光のせい。顔をだした太陽が空や雲を陽の色で染め上げているだけなのだ。



 後の人々には、この血の色の朝日を終焉の兆しだと、禍いの予兆だと言い伝えられているのだろうか──



 この日はミィアス国の運命が急転落していくきっかけの日になるだろうから。








 私が泣き腫らした目を真っ赤にして、天秤のすぐ近くの椅子に座り、空を眺めているとレオスの気配がした。


 

 ノータナーに慰められながらも、気がかりひとつひとつが頭の中でぐるぐると渦巻いて私のプシュケーをも不安定にしてしまうのを危惧した誰かが私の対を呼び寄せたのだろうか。





 レオスはまだ肌寒い早朝に長い距離を走ってきたから、頬が赤く染まっていた。


「エレーヌ──!! 」



 王族に対する礼をしているノータナーには目もくれずに、一目散に私のところまで来て、レオスは私に覆いかぶさるような勢いで抱きしめた。



 まるでプシュケーごと護るようなそんな彼らしくない行動に、不安定だった私のプシュケーも頭の中の不安の濁流も徐々に治まってきた。目を閉じれば、トクトクと二人分の鼓動が聞こえてくる。





 その音が共鳴し出した頃、折を見てレオスがことの顛末をぽつりぽつりと話しはじめた。





「……エレーヌ、あのね、兄様は一命を取り留めたよ……。 僕がこの目で見届けたから大丈夫。今は落ち着いて眠っているんだ── 」



 レオスは私と違って、エディ兄様の神の力が暴走した現場に留まることを許されたらしい物言いに少し疑問が残る。


 なぜ私は──?





 レオスは一呼吸置いてこれからのことを話してくれた。



「エレーヌの時みたいに、兄様と会えるためにはもう少し時間が必要だって、アーティ叔母様が 」




「ええ、それまでの間、お二人にはここから遠く離れた神殿でプシュケーを浄めに行っていただきます── 」



「……避難ともいえる気がする。誰かさんからエレーヌを護るための 」




 シェニィアがどこからか現れて、レオスの言葉の続きを話しだす。気配に気づかなかったのは私だけだったらしく、レオスは彼の策に微動だにもせずその決定に対して賛同の言葉を呟き、私の横にいたノータナーは立ち上がり、彼に一礼をした。



 

 それぞれの動作を観察できているほどに私は、落ち着きを取り戻すことができたが、どちらかというと、『プシュケーを浄める』などと、聞いたことがない言葉がでてきて、次はそちらに気を取られてしまったからだろう。





 浄めの儀式などしたことも聞いたこともなければ、もちろん私が読んできた史料にはでていなかったように思う。



 そもそも神殿などという場所は、他の記憶を探せども、この時期にはまだ出てこなかったはずなのに。










 ──こんなにも私たちの進むストーリーを変えてしまったのは誰なのだろうか?





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