犠牲





「あぁ、旅立ってしまうのですね。ここでまた、私とキミは一度離れ離れになる運命なのでしょう 」



 いつも砂のように指の隙間を通っていつの間にか消えてしまう彼女を思い、西の塔の住人である青年はその孤独感と闘っていた。



 

 アポスフィスムであるオルフェには忘却という呪いがかけられている。



「また、忘れてしまうのでしょうか? キミが何処に行ってしまったのか、キミが隠された場所を暴いてしまいたいけれど…… 」




 ──毎回、覚えているのはキミの髪の香りとそしてあの笑顔だけだった。風の囁きさえキミの歌声に聞こえてしまいそうだ。あまり聴かせてくれないけれど、美しいあの歌声。





 目を閉じるとキミと過ごしたいくつもの記憶ストーリーが思い浮かんでくる。キミと出会い、ふたたび愛すことができるだろうか──。


 これは毎回、不安になることだった。



 

 キミが居なくなり、そのぽっかりと空いた孤独は、まるで深い森をあてもなく彷徨い続けるようだった。明日をなくしそうになりながらも、私はキミへの想いを足元を照らす光にしてキミを毎回探し続けた。その希望ルートを信じた。今度こそそれを叶えるために。




 離れ離れになっても、出会えるように。もう一度次の記憶ルートでは──



 

 呼び名が貴方になったとしても、何処にいるのかわかる気がする。私は貴方から愛された記憶ルートだけは残して、再会ローディングしたい。私を見つけてくれるのはきっと──







「さてと、この鎖をどう断ち切るか? 全くアポスフィスムは嫌われていますね。 私を警戒したとしても、エディ殿下の呪いは変わらないというのに 」



 ここは窓もないというのに、まるで見てきたかのように、彼は今朝起こったことを鮮明に思い出すことができた。




 

 


 ミィアス国第一王子の呪い。それはもう予め定められていたことなのだ。少し時期が早まったとて、別にこの国の行き先が変わることはない。






 彼から神の子としての素質を奪ったきっかけである出来事は今に始まったことではなかった。生まれつき器が弱くプシュケーが不安定な彼はある出来事で、プシュケーがさらに乱れ、アクタジオーンとして確定してしまった。



 ──それは実母を失ったことだ


 


 この悲劇は未だ続いている。なぜなら、彼の母の死は事実上、彼の神の力に由来するエピソードの未完成を意味していたからだ。その上、重大な条件であったため、それにより混乱を起こしてしまった。賢明な治療により彼の器とプシュケーは今まで保つことができたのだった。



 

 この幼い頃から続く混乱はやがて呪いとなり、今回の暴走に繋がってしまったのだ。普通は耐えきれない現象だが、国王とその姉ら研究者たちが編み出した、ある策により彼の器とプシュケーは持ち堪えた。


 


 ──その犠牲はこの国を運命を変えてしまう、やがて大きな代償になることを知らずに












 時を超えてもキミを見守っているよ。何度も何度も愛しいひとの名前をひとり繰り返す。忘却されないように。今は儚い愛であったとしても。それは、きっと深い繋がりになるだろう。そう信じて、青年は目を閉じた。











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