メリバ原作主人公の姉になりました

不機嫌

「エレーヌでしょ、入っていいよ 」

　ノータナーがレオスの部屋のドアをノックをし入室の許可を得る前にレオスが部屋に入るようにいってきた。ノータナーが目配せをしてきたので頷いてから、ドアを開けるように指示を出した。

　部屋に入ると、二つ机が並べてあって、片方にレオスが座って、真剣な表情でエディ兄様のまとめた書物に目を通していた。兄様の筆跡を懐かしむように一文字一文字指でなぞりながら大切に読んでいる。

　レオスも兄様に会えなくて寂しいのだろう。寂しさを表に出さないようにしているが、なんだかんだいっても兄弟を大切に思う気持ちはあちこちに散りばめられていた。彼はなかなか素直になれず、自分の感情をあまり口に出せない性格だ。

　最近はゆっくり話せなかったし、この後ノータナーに頼んでレオスとの二人きりの時間をつくろう。レオスやエディ兄様、アーティ伯母様、限られた王族のみであるが、彼らとの面会ではノータナーの退出が許可されている。 ≪神の力≫ をもつ者だから何もないと言う訳でもなく、それ以外ではノータナーを連れて行くようにと、国王からの指示だった。

「レオス、今日は政治についてだっけ？ 国策、財政とか色々あるけどなにするのかな？ 」

「うん、僕は内政とか気になる 」

　視線は兄様のまとめた資料に向けたままだけど、私の会話に乗ってきてくれた。興味のある分野なのだろうか、他の授業はどこか上の空だったり、つまんなそうに頬杖をついたりしているのに。

　私たち王族はそれぞれの ≪神の力≫ に由来した役割を授けられ、その力を国や民のために振るうことを義務付けられている。アーティ伯母様は ≪神の力≫ の研究所と医療分野での指揮官。そして、レオスは将来ーー。

「……兄様はやっぱりすごい 」

　ぽつり、雨が上がって葉っぱの上に残っていた雨水が地面に落ちるときの雫ようにレオスはつぶやいた。いつもとは違う感慨にひたっている姿に違和感を覚える。少し、プシュケーが揺らいでしまっている時期かもしれない。早くそのもやもやした紫色を取り除かなければ

「レオス……？ 」

　どうしたの、と続くはずの言葉は、本日の先生であるシェニアの入室で遮られてしまう。レオスはシェニアを睨むように凝視している。まずい。

　シェニアに会う前に今日のレオスの違和感を解消したかった。それに、授業の担当がシェニアだとはっきりレオスが認識していなかった時のために予め知らせておきたかったが、間に合わなかった。シェニアがまだ一言も発していないのに、雰囲気が重い。

「エレーヌ殿下、レオス殿下準備はよろしいですか？ では、授業はじめましょう 」

　この重い場の空気を気にせずにシェニアは講義をはじめた。終わったら確実に機嫌が悪いレオスを宥めること想像して、気まずくなった私は終始レオスの方を見ることが出来なかった。

(そういえば、レオスはシェニアも苦手だけどオルフェも嫌っていたな。この二人の共通点はーー。 いや、先ずは目の前のこと！ いくら阻止するためだとはいえ、シェニアと取引をいていることが、バレたら )

　後ろめたさを感じて、彼の方をちらりとみやる。受け取った資料を目で焼き尽くしてしまいそうなほどみていた。でも、どこか悲しそうで、胸がざわついてしまう。

　終了後、私の予想通りむすっとしているレオスは一言も発せず、「僕は不機嫌だ 」と目線で訴えかけていた。それでも私の手を離さないと言わんばかりに握りしめているので、これは、今すぐにでも二人きりになった方が良さそう。

「…… ねえ、呼ぶまで外に出ていてくれないかな 」

　私がノータナーに声をかけようとするほんの少し前に、レオスがノータナーに遠回しにこの部屋から出て行けと言った。声色は苛ついている割には言葉は強くなかったので、ノータナーにも私から大丈夫。と目線で訴えかけて、退出を促した。

　いよいよ二人きりになった。聞かれたこと隠し事なしに答えられるのは答えないと。レオスから言われてるであろうことを予測して、適切な返答を頭の中でシュミレートする。レオスが私に言ってきそうなことはーー

　「シェニアが先生なの？ 僕あいつと毎日顔を合わせることになるのか 」 シェニアに対する不満だろうか

　「エディ兄様のまとめた資料と歴代の書物が有れば座学にはなるのに 」と言ってとうとう授業にも参加しなくなるか

　「エレーヌ、なんでシェニアが先生なの？ 」私が何か考えがあると思って聞き出してくるのか

　あれ、どれもレオスのこの表情と合わない。私の手を握りしめている彼の手も心なしか震えているように感じる。

　最近私は主人公ユディのトラウマを生み出さないように、そして少しでも未来が良くなるように奔走するあまり、自分の対に向き合えていなかった。

　彼が寂しいのも、今の時期悩んでいることもわかったいたはずなのに一番理解しているつもりで理解できていなかった。甘えていたのだ。

　何も言葉を発しないレオスが心配で、彼の顔を恐る恐る見た。私は想像できなかった光景に目を見開く。

ーーレオスが、泣いているなんて。そんな

　月光に照らされた静寂な湖のような青い美しいレオスの目から、ポロポロと涙がこぼれ落ちている。