交渉成立
「ほぅ? それはどんな? 」
「まず、シェニアが私たちの教師になってほしいの…… 」
「はは、エレーヌ殿下はご冗談もお上手になりましたね 」
思いにもよらない提案だったのだろう、片眼鏡の位置を左手で調整し始めた。眼鏡に触れているときは少し焦っているときのシェニアの癖。彼はきっとこの提案の真意を探りきれていない。
「まだ三兄弟の中で誰が王位継承されるか決まっていないでしょう? レオスと私、将来のこの国のことを考えて優秀な家庭教師をつけるって話の場にシェニアもいたから 」
「 ≪神の力≫ の寄宿学校の教師で適切なものを各分野でただ今選出中なのですが…… 」
「政治はシェニアしか適任はいないと思うの 。だっていつも父様と一緒にいるもの。一番近くで見ている人が一番先生に向いているはずよ! 」
アーティ伯母様から研究者や王族としての知識を教えてもらう予定でいたが、エディ兄様のことがあるからと、別の候補者を探すことになっていた。
シェニアが私たち双子の教師としてそばにいてくれれば、力強い。彼の政治に対する知識と戦略をたてる知恵は豊富だ。私たちが考えたこともない様なことを提案し、実行して功績をあげる。王が出自もわからない物を起用した時反発ややっかみがあった。しかしそれらを跳ね除けたのも彼の実力だった。
彼の知識を吸収できることはなにより彼の動向も探れるし、怪しい動きや国を裏切る素振りにも気が次くかもしれない。
彼は決して自分の本心を探らせないように上手くやる。でも、いままでの距離からももっと近くなれば、なにか手がかりがつかめないだろうか? そう楽観的に考えてみる。
それに取引と私から提案している以上、彼にとっては好条件であろう見返りを用意しているつもり。
そんな希望的観測で、提案したけど。後日ーー
頭を抱えながら、シェニアが私の部屋に来た。
「ラシウス陛下から許可がおりました。 ……陛下はエレーヌ殿下にとても甘い。困ったものです。……それで、取引の条件は? 」
しっかり前回の取引の見返りを交渉してくるのはとてもシェニアらしい。忘れていたとしても、彼を引き止めるために使う予定だったけれど。
「もし、将来困難なことがあってその時に、私を助けてくれるのであれば……シェニア、貴方の好きなものを与えるわ 」
「それは、例えば……? 」
「私に用意できるものであればなんでも。もちろん、他の人の権利を保つものであればだけどね 」
モノクル越しの冷たい銀色の目が一瞬、剣のように光った気がした。彼にとっても良い条件のようでほっとする。
「取引成立ですね、エレーヌ殿下 」
私の倍も大きいけれど、どこか女性的な手を差し出される。交渉は硬い握手で結ばれた。彼の手は氷冷のように冷たかった。
ーー私は彼の望みを見誤っていた。そう気がつくのは、いつかの未来で
次の日、昨夜の私とシェニアの会話を知らないはずのレオスから唐突にシェニアについての話題をふられたときは、取引がバレているのではとヒヤヒヤした。
「ねぇ、シェニアの意味ってエレーヌ知ってる? 」
「……え、シェニアの意味? 」
「シェニアの語源は魂のない人を指してるんだってさ 。あと、こんな意味も昔はあったみたいだよ、魂を彷徨わせる者ってね 」
「へえ、ほんと? 初めて聞いた 」
「うん。兄様の書斎から借りた資料に書いてあった。俺、あいつが不気味。ちょっと恐い。近づくとぞわぞわする 」
レオスがシェニアとの相性が悪いのは、別の時空では殺されたからだろうか、致命傷になった場所をさすりながらレオスは「だから、あいつにも近づいたらダメだ 」とそう呟いた。
シェニアの出身も経歴も不明の謎に包まれた人物だけど、偽名ということはわかっていた。その名前の由来からもなにかわかるかもしれない。
魂を彷徨わせる人ーーそれが意味するのは?
( エディ兄様の書斎は立ち入り許可が出るはずだから、私も行ってみよう )
意外な掘り出し物があるかもしれない。レオスと明日、兄様の書斎に行こうと約束した。
シェニアのこの国を破滅のエピソードが完成するよりも前に滅ぼそうとする理由がわかれば、主人公の幼少期のトラウマその一を防ぐことができるはず。
あれは私が読めた原作範囲内でも、シェニアとの初対面のエピソードとしてユディが回想していた。
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