天秤
≪ミィアスの天秤≫
ミィアスはこの国のこと、天秤なんて原作で出てきただろうか? もしかしたら、私がまだ読んでいない書籍に出てくる言葉?
──違う、これは私の夢の筈だから私が知らないことは出てこないと思う。夢は記憶を繰り返すものだから。
さっきの夢から何かおかしい。いや、それ以前の夢の番人さんに会ってから不思議な点は沢山あった。
本当にこれは夢なの自分でも確証が持てなくなってきた。やっぱり、夢が現かの境界が揺らいできている?
「ミィアスの天秤? 審判……? 」
「ええ、器とプシュケーが融合しているから早めに審判を受けなきゃね。 大丈夫、説明は後でするよ。ほら、髪を結いましょう? 」
アーティ叔母様は、私の背後にまわり私の髪を整えてからサイドを編み込んでいく。いつもとは違う髪型。
アーティ叔母様が慣れた手つきでテキパキと私の髪の毛を結んでいく中、私は頭の中にハテナを浮かべたてされるがままになっていた。
審判と名がついているくらいなので、王族の定期的な儀式なのだろうか、≪神の力≫ や ≪神の子 ≫ という言葉があるので、宗教的な儀式かもしれない。
そういえば、この屋敷には、王や貴族社会を描いた一般的な物語に出てくるような従者や使用人、いわゆる主人に仕えて屋敷の管理、事務を行う役職の人が見当たらない。
身分制度や政治体制も私が読んだ範囲では言及されていなかった気がする。ファンタジー小説なのでリアリティは求めない方が楽しめるのだろうが、実際に自分がその世界に生活するとなるとどうしても気になってしまう。
ついつい、生まれてからここまでに培われてきた価値観のものさしで見てしまう。ーーいけない、幻想に現実性を求めるなんて、御法度。
「エレーヌ、エレーヌ、表情が硬くなってるよ……緊張してる? ふふ、大丈夫よ。すぐ終わるし、なにかあってもまもるから、ね 」
あまりにも私の顔がこわばっていたようで、アーティ叔母様は私の目線に合わせてかがみ込み、安心させるように、慈愛に満ちた微笑みをみせる。
女神のような表情に思わず引き戻された私は、夢に神経質になっていた自分の思考を散らすように頭をふる。
自分の脳がみせる束の間のおとぎ話は深く考えない。そう、目覚めてしまえば楽しかった夢と思えるはず。
「アーティ叔母様。私、緊張してるのかもしれない。手を握っていてもいい? 」
「もちろん! よし、手を繋いでいきましょう。ラシウス王、エレーヌの父様にもきっと会えると思うわ 」
ラシウス王ーー。『オルフェリアの希望』では戦乱で亡くなってしまった王。ここから、主人公ユディの物語が始まるーー破滅の道が。
アーティ叔母様に手を引かれて、色々な建物を通り抜ける。柱の彫刻やファサードの装飾に目に奪われている内に、いつの間にか、一直線の階段が何段も続く、周りの建築物よりも神聖な空気を纏った建物の前に着いた。
「ここがミィアスの天秤があるところよ。……エレーヌ? 驚いちゃったかな、ほら、進みましょう 」
「はい…… 」
厳かな雰囲気にあてられてか、返事までぎこちなくなってしまう。油断すると、段差を踏み外して転げ落ちてしまいそうだ。階段が永遠に続いていると錯覚するほど、長く感じた。
数段残して、アーティ叔母様の手がそっと離れる。ここからは私ひとりで行かなくてはならないようだ。一歩、また一歩。進むごとに、不安は大きくなっていくのに私の足は止まらない。何かに誘われているように登った。
祭壇に置かれた天秤が見えたとき、声をかけられた。
「エレーヌ、良くここまで来れたね 」
ラシウス王を目の前にして、思わず動揺してしまう。言葉が出てこない私に対して少し困ったように苦笑いをして、この儀式について説明をしはじめる。
「エレーヌ、これは ≪ミィアスの天秤≫ この国の最も大切なもののひとつ。この天秤が ≪神の力≫ を持つ者のプシュケーの審判をする 」
「審判…… 」
「そう、 ≪神の力≫ をどのように用いるのか判断する天秤だ。 手を天秤にかざすと、中央についている
「プシュケーでその者がわかるということですか? 」
「性格とは少し違う。少し難しいかもしれないが、この天秤は ≪神の力≫ を持つものがどのような感情で力を使おうとしているのか判別するんだ。 プシュケーの奥深くに眠っている心理を読み解いてくれる。≪神の子≫ たちは、周りの環境にプシュケーが作用されやすい。だから、≪ミィアスの天秤≫ で定期的に己の状態の審査を受けなくてはならない。ーーエレーヌも手をかざしてごらん 」
古代には死者の心臓を天秤で測り、善悪を判断していたとされる壁画がどこかの国に残っていると、何かの本で読んだことがある。それと似ている。
この金色でできている天秤の中央には透明とも白とも言えない光沢を放つ
『オルフェリアの希望』 には天秤の審判を受ける描写はなかったはず。主人公も ≪神の力≫ を持っていたはずなのに何故? もしかして、この儀式が失われてしまった?
──さあ、と言われ、私は疑問が残るなか教えられた通りに天秤に手をかざした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます