海と陽
アーティ叔母様に見送られ、私たち三人だけで外に出る。
おそらく私──エレーヌにとってもはじめてのことのはずなのに、三人ならんで出かけるのを少し懐かしく感じるのは何故だろう。
木々の間から顔を出す木漏れ日を浴びながら、しばらく、三人であてもなく歩き続ける。
「どこに向かうの? 」
「このまま庭を散歩するのも僕はいいと思うけど…… 」
ふと思い立って、行き先を尋ねると左手を繋いでいるレオスから先に返事があった。
「エレーヌは行きたいところある? ……って言っても外にあまり出たことないだろうし、思いつかないかな? じゃあ、少し歩くけど私のお気に入りの場所に行こうか。 海が見える場所だよ 」
続いて、エディ兄様から行き先の提案があった。ここの地形がわからないため、海が見える場所があるとは思わなかった。ここから少し遠いらしい。確かに潮の香りはしない。
「エディ兄様、そこは行っていい場所なの? 」
「丘の上と神殿までなら良いって叔母様も言っていたからね。きっと宮殿から西側なら、この加護がある地から出なければ大丈夫てことだと思うよ 」
「兄様のお気に入りの場所って、あいつの塔の近くだよね? 」
エディ兄様のお気に入りの場所に思いつく場所があるのか、レオスは少し不満そうに呟いた。
そんなレオスを嗜めるように、エディ兄様はくすりと笑って、私と手を繋いでいない方の右手で今から向かう所の方向を指差した。
「レオスはあの丘好きじゃないの? そうだね、私たちが向かおうとしている場所はあっち。庭を抜けた先にあるんだよ 」
「別に、僕はあの丘が嫌いとかそういう訳ではないけど……あいつに会いたくないだけ 」
「ねえ、あいつって誰のこと? 」
エディ兄様とレオスの間では、あいつと塔で意思疎通が出来ているらしい。私がわからないでいると、エディ兄様が教えてくれた。
「レオスがあまり得意ではない ≪アポスフィスム ≫ のことだよ。 神出鬼没で掴みどころがないから、レオスはちょっと苦手に思っているみたい……オルフェって私たちは呼んでいるけどエレーヌは会ったことある? 」
≪アポスフィスム ≫ でレオスが苦手な人物なら、一人しか思いつかない。
私が用いる今の記憶で、当てはまるのは、夢の番人と名乗った彼だけだ。名前があったなんて思わなかった。てっきり ≪アポスフィスム ≫ が呼び名だと思っていた。
レオスも教えてくれればよかったのにと、彼を見つめてしまう。そんな私の表情を読み取ったのか、エディ兄様が可笑そうに笑った。
「エレーヌも会ったことあるみたいだね 」
「うん。昨日会ったよ。夢の番人って私に名乗ったの。ちゃんとした名前あったんだね 」
「僕は、あいつが夢の番人って名乗って、エレーヌにちょっかいを出していたから気に入らないんだ 」
名前を教えなかったことを私に非難されたと思ってか、レオスはちょっといじけたように、私から目を逸らす。
年相応らしいところもあって、つい可愛らしいと思ってしまった。
そんなことやら三人で楽しく話をしながら20分ほど歩く。私の体調を気遣ってくれているのか、ゆっくりゆっくりと。
庭の木々を抜けて、レオスの希望で塔の近くを通らないように遠回りして、少し遠くに見える塔を横目に目当ての場所にたどりついた。
「ほら、ついたよ 」
潮風が髪を乱しながら、わたしたちの間を抜けていく。
あたりより少し小高いこの場所は、この散歩の出発地点ーー私たちが住んでいると思われる場所や周りの建物を一望できる。
ひんやりとした風が気持ちいい。一人になりたい時や何かモヤモヤした気分を抱えているときに、ここは気分転換に最適だろうと思った。気持ちをリフレッシュさせてくれる。
そんな想いから、エディ兄様もここを気に入っているのだろうか?
見たことのない遺跡のような建物たちを眺めて、あれはなんだろう、もしかして原作の挿絵と一致するものはあるだろうかと、よく観察していると、エディ兄様が私たちを海の方へと呼んだ。
「レオス、エレーヌこっちにおいでよ。海と太陽がちょうど綺麗に見える時間だよ! 」
「レオス、海の近くまで行って平気? 」
「うん。エレーヌと一緒なら。行こう! 」
レオスと手を繋いだまま丘の頂上へ向かう。さっきから、レオスが手を意地でも離さないと言わんばかりに握りしめている。
もしかしたら、高いところが怖いのかもしれない。たしかに、落ちないようにはなっているけれど私たちが居るこの斜面の反対側は崖だ。
崖や岩岩に打ちつける波は、まるで何もかも飲み込んでしまいそうな濃い青色。胸がなんだかざわざわする。沖合の方は穏やかな海が見える。
「エレーヌ、ほらレオスも見てごらん! 二人とも、ここから見える海はどう? 」
「綺麗……太陽の光が波に反射してキラキラしていて素敵 」
「うん。僕も夕陽と海がキラキラしてきれいだとおもう」
私たちが、そんな感想を言うと、エディ兄様は少し驚いたように目を大きく開け、少し泣きそうな表情をして私たちを見つめた。
「うん。そうだね……。とても綺麗だ。まるで、二人の目みたいに輝いているね 」
私たち三人は、海を照らす太陽が夕陽の光に変わり、やがて空が夕焼けと夜の狭間でグラデーションをつくっていくまで夢中で海を眺め続けていた。
──それぞれの思いを胸に抱いて
また三人でこんな素敵な景色が観れますようにーー。そんな私の願いは叶うことなく、案外あっけなく儚く砕け散るなんて、この時はまだ思いもしなかった。
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