散歩
「あれ……? 」
結論から言うと、私は夢から覚めなかった。気がついたら眠りについていた私は再び目を覚ました。
見上げた天井は見慣れた私の部屋のものではなくて一瞬混乱した。
昨日と髪色や背格好が同じだったので、これはまだ夢を見ているんだと思い、確認のため部屋の外にでてみても、この館のような造りは決して私の家ではないのは確実だった。
夢の中で再度寝て起きるという経験はあるけれど、一体この夢はいつ覚めるのだろう? ーーそもそも、この夢の世界には終わりはあるのだろうか? 夢から出られないとしたらどうしよう……朝から不安になってしまう。
「エレーヌ! どうしてこんなところに……大丈夫? 」
悪い方に考えて、思考が段々と迷走してしまって動けないでいると、巻物を抱えたエディ兄様が心配そうに駆け寄ってきた。
どうやら出てくる人物も変わらない夢のようだ。寝起きの頭でぼんやり考える。
「エレーヌ……? 一旦部屋に戻ろう。アーティ叔母様を呼んでくるから 」
彼は反応がない私の手を握って、部屋の中へ戻そうとする。もしかしたら、結構大ごとになってしまうかもしれない。
私にとっては夢から目覚めないこと自体が大ごとなのだけれど。これ以上混乱するのも心配をかけてしまうのも避けたくて、咄嗟に思いついたことを口にする。
「えっ、あ …… 、私外に出てみたくて、それで…… 」
「え、外? 外に行きたいのか……うーん、今日は太陽を隠すものはいないって聞いているし、花びらを散らすほどの風もないから、散歩日和だとは思うけど…… 」
「いいんじゃないかな、外」
私を外に出してもいいのか、迷っているエディ兄様に、突然現れたアーティ叔母様が声をかけた。
「思ったよりも融合できているみたいだから、ね。丘の上や神殿までならいいよ。そこまでなら器の負担にもならないし気分転換に丁度いい! 誰でもすぐに守れる範囲だし、許可は私が出すから大丈夫 」
「本当…?! 」
「いいんですか?! 」
「少しくらいならいいよ。さあ、準備をしようか。せっかくなら兄弟三人で行くといい。レオスはきっと部屋に居ると思うから、エディはレオスを呼んできてくれるかな? 」
「レオスだけ仲間はずれにするといじけてしまいそうですよね……はい! 行ってきます 」
とエディ兄様がレオスを呼びに行ったので、アーティ叔母様と二人きりになった。唐突に思いついたことをあっさり許されて、拍子抜けしてしまう。
「エレーヌ、よく眠れた? そこの椅子に座って、これでも飲んで二人を待っていようか 」
部屋の中へ案内され、アーティ叔母様に昨日飲んだものと同じ金の杯を渡される。中身も同じものらしい。
日常的に飲んでいるものなのだろうか、そう思いながら口にする。ーー同じ味だ。すっきりとしていて癖になってしまいそうな味。
「ごちそうさまでした。美味しかった。これは皆んないつも飲んでいるものなの? 」
「……口に合ってよかった。いいえ、これはエレーヌがよくなるようにって、ある人が作ってくれたエレーヌだけの飲み物よ 」
「へー……」
ある人って誰のことだろうか、まさか夢の番人さん? アーティ叔母様が、彼の本名らしき名前を昨日話していた気がするが、定かではなかったのであえて聞かないでおく。
私は突然現れた、さっきまで飲み物が入っていた取手が二つついた杯をよく観察する。昨日は気がつかなかったが、結構精密にできていて、なにやら柄がたくさん描かれている。これはヘビだろうか、そして果物、杖ーー。
隣で興味深そうに手の中の杯を観察しているエレーヌを見つめて、アーティはそっと胸を撫でおろす。
この飲み物をあの男から受け取った時は警戒もしたが、成分に問題はない。安全かどうか確認するために、毒味もしてある。材料はある果実とだけ伝えられた。
どのようにコレを作るのか尋ねたら、笑ってすまされたのは気に食わないが、背に腹はかえられない。むしろ順調にエレーヌの調子も安定してきている。これで明日の天秤の審判からの負荷も減らせるだろう。
「ほら、エディとレオスがきたよ。海の近くや高いところにいくと、風も冷たいかもしれない。マントを着ていくといい 」
エレーヌの肩に彼女の眼と同じ色をした羽織をそっとかける。
エディとレオスがこちらへ向かってくる足音が聞こえてきた。
レオスは外に出るのは消極的ではあるが、エレーヌが着いて行くのなら別だろう。ーー ≪神の子≫ はふつうの子どもよりも大人びているせいなのか、レオスは特にあまり同世代の子どもとは関わりたがろうとはしない。
エレーヌが目を覚さなくなってから彼はひとりの殻に閉じ籠る傾向が強くなってしまい、アーティは心配していた。そんなレオスが、エレーヌの小さな願いを叶えようとしている。
「エレーヌが外に行きたいってエディ兄様から聞いたけど大丈夫なの? エレーヌは本当に外に出てもいいの?」
「うん、アーティ叔母様がいいって言ってくれた 」
「じゃあ、心配だから僕もついていく 」
「久しぶりに三人で外に行けるね。エレーヌ、もし途中で苦しくなってしまったら言ってね。私が運ぶから心配しないで、大丈夫だよ 」
「いっておいで、太陽が私たちが住んでいる所と反対側の海に沈み込む前に戻ってくるんだよ 」
子どもたちに悟られないようにーー姿を見せない護衛の者へと合図を出したアーティは、久しぶりに外へ行けると浮き足立つ三人を見送った。
彼女は、どこへ行こうかと話しながら手を繋いで歩く仲が良い兄弟を、その姿が見えなくなるまで見つめていた。
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