大人たち


 


 仲の良い兄弟の再会を見届けた後、アーティはコロネードを突き進み、宮殿へと急ぐ。きっと王は既に、エレーヌのことは既に感じ取っているはず。 



「まったく、世話の焼ける弟だこと」



 己の子としてよりも政のこと──この国では ≪神の子≫ のことを優先した結果、過去に悔悟の念があるのか、エレーヌや子どもたちの将来を憂うあまりなかなか向き合えないのか、はたまたその両方か、エレーヌに会いに行こうともしない愚弟に発破をかけてやろうと、彼の予定も確認せずに、控えの間を突破しようとする。

 が、あと一歩のところで行動を阻止された。



「王は執務中です。なにか急ぎのことでも? 」


( またこの男か…… )



 社交的で研究と家族のことが第一である彼女にとって、数少ない苦手と感じる人物──シェニィア。


 名前は持つもの自身の本質を表すとはよく言ったものだが、彼の名前は、 ≪プシュケーを持たざる者のない人≫ という意味。おそらく偽名であろうとアーティは考えている。プシュケーを持たないものはどこか残忍さを持ち合わせていると今までの経験上そうだ。そして目の前の男はその名の通り、血も涙もない冷徹な人物。


 しかも西から来たと言っているけれど、実際のところ出自不明。怪しい特殊な力を持つが故に監視の目的もあり王は側に置いている。


 王に対する忠誠心は誰よりも高いが、依然として謎が多い人物。彼をそばに置くことには反対だった。


 反対だった。という過去形なのは、彼の力なしには今進めている研究が成り立たないからだ。ミィアス国や神の力を持つ者たちのためには勿論のこと、そしてエレーヌたちのためにも必要な人材だ。もう計画に加わった時点で私たちは共犯者でもあるのだ。




「どうせ知っているのでしょう? エレーヌのことで王に相談と報告が 」


「 ≪神の子≫ のことでしたら、貴方のほうがお詳しいのでは? アーティ殿下? 」



 感情すらないのではないかと思うほどの人物で、口が達者な彼はよく彼女を挑発する。アーティも身長は高めな方であるが、彼も身長が高くすらっとしており、キツめな目線を上から浴びる事になる。これも気に入らないことのひとつだ。

 

 互いにいけ好かない奴だと思っているのだろう。子どもたちや人々の前では穏やかな彼女もこの男の前ではつい口が悪くなる。大人気ないと思っていても、売られた喧嘩はかってしまう。まずは、口論で勝負だ。



「緊急のことなの。それに王に判断を仰ぐ必要がある事象よ。研究者の私が言っているの。早くそこを退いてくれないかしら? 」


「確かに、ミィアスにおいて ≪神の力≫ に関する事柄の最終判断権はラシウス殿下がお持ちです。しかし、これはどうも私情も入っているご様子ですが……如何でしょう? 」


「んもう! 貴方には天秤も反応しない理由がよくわかったわ!! 貴方はエレーヌをどうしたいの? 変な素振りを見せているのはわかっているのよ! 大体私は──」



「姉上……! 二人の仲が悪いのはわかっています。でもそこまで、ぶつからなくてもいいと思うのです。しかもこんな夜更けに……寝静まったものたちを起こしてしまう 」



 アーティのお目当ての人物がそんな光景を見かねて自ら二人の間に挟まるように執務室から出てきた。大の大人二人が口喧嘩から実力行使に出る寸前に、頃合いを見計らい、王としての立場を使わずに、兄弟としてこの言い争いをおさめようとしている彼に優しさを感じてしまう。


  ≪神の子≫ に対する対応はこの本来持ち合わせている性格と王の立場が少し空回りしてしまっているのだろう。



「陛下、執務中に大変失礼いたしました。今すぐお引き取りいただきますので、どうぞ室内でお待ちください 」


 王自らこうして諍いを止めようとしてくれているのに、尚また邪魔者扱いをする者を無視して、大人しく要件だけを伝えることにする。 

 

 夜も遅い。これ以上時間をかけるわけにはいかず、仕方なく埒があかないと判断してのことだった。



「エレーヌのこと貴方もわかっているでしょう。いい加減向き合いなさい。これは、王に言っているのではないの。私の弟に言っているのよ。礼儀もなにもないわ! それじゃあ、良い夜を」


  

 返答も待たずに、部屋を後にする。子どもたちへの態度とは真逆で、自分でも言い過ぎてしまったかと思ってしまう。

 

 でも、これくらいが丁度いいのだ。

 守られる立場ではない、護る立場の私たちには。


 


 

 自分の館に戻り、あがった息を整える。いまだに熱った器を鎮めるためと、疲れて鈍った頭を再び動かせるために甘いものを口にいれた。


( あまり時間がない。もうひと仕事しなければ )



 ある部屋に辿り着き、乱れた髪を乱暴にくくる。次の計画に移らなければ。机の上の散らばった巻物は、 次世代の≪神の子≫ をまもるための資料だ。


 第一段階は実行し、第二段階への計画はもう既に進めてしまっている以上、引き返すことは出来なくなってしまった。王もあのシェニィアでさえ、この計画の結末は予想がつかない。


──彼らは守護者でもあり共犯者でもある




 最悪をもたらさないように、そうプシュケーに誓って、オクルスから空を見上げる。


 

 月の光が大人たちそれぞれを照らしていた。





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