探しモノ




「うーん。 この巻物にも載っていないみたい 」


「兄様の部屋にはこれ以上契約についての資料はないと思けど。あとは研究館の図書室だけじゃない? 」




 エディ兄様の部屋の巻物や兄様が手書きでまとめた資料を一つ一つ読みキーワードを探していたらいつの間にか今日も太陽が海へと沈もうとする時間になっていた。元の巻物は難しい内容で、エディ兄様がわかりやすくまとめてくれていたからこそなんとか読破できたけれど、やはりここにも明確なことは載ってない。






 ノータナーから初めてはっきりと拒絶されたあの夜以降、私は ≪血の契約≫ について調べていた。理由もなくあんなにも彼が声を荒げた事実を未だに信じられない自分がどこかにいて、彼のことを理解するための行動だった。



 

 あの夜、私が怪我をしたことを瞬時に察知したノータナーは私が彼との距離を近づけると、顔を真っ青にして自分の鼻と口を覆ってたいた。その片手は震え、恐怖とも違う何かが混ざっている状態だった。まるで自らを押さえつけているようにも見えたのだ。私が読んでいた原作の範囲にはそんなシーンはなかったはず。



ーーもしそれが、私との契約のせいだったら?




 原作と異なる条件を挙げていくと、≪血の契約≫ がどうしても引っかかる。契約の場面は描かれていなかったし、私の記憶の箱にもノータナーのあんな表情は探せど見つからなかった。そもそも、あの契約の方法すらわからなかったはずだ。何故かあの場、祭殿の前でふと、言葉が頭に浮かんできて気が付いたら声に出していた。






「契約に使ったのはノータナーの血なのに、なんで私が怪我をして血が出ていることがわかったのかな……? 」



 兄様の書斎から、部屋へと戻る途中、隣を歩くとレオスに聞こえないくらいの声量で疑問を漏らす。レオスにはあの日の出来事は色々と怒られそうなので伏せておいて、ミィアス国で行われている契約についての資料が読みたいと相談したところ、兄様の部屋へと案内された。レオスも何か調べているものがあるらしい。



「え? エレーヌ怪我しているの? 」


「おっと、地獄耳……。草むらでできた浅い切り傷だし、もうとっくに治っているよ 」


「ねえ、今一瞬僕の悪いところ言ったでしょ? ーーまあ、治っててよかった。いつ怪我する暇があるの? エレーヌは特に血は大切にしなきゃ 」



 怪我という言葉に反応してレオスが眉をひそませた。またはじまってしまった。月日が過ぎるごとに過保護になっているレオスは、ノータナーがそばにいないことで、より私の安全に敏感になっていた。こんな風に過敏になるあたり、レオスなりにもノータナーを認めて居ることがうかがえて少し安心した。



「そうだよね、血は大切にしなきゃ……。 ーー血? レオス、今血っていった? 」



「歩いて居るんだから急に止まらないでよ。 そうだよ、痛みに鈍いエレーヌ気がついてないだろうけど、ミィアスの天秤には最初に血を与えるんだ 」


「え、そうなの?! そんな記憶なかった 」


 

 思い返してみても、ミィアスの天秤に自分の血液を捧げた覚えがない。もしかしたら、天秤とも関係があるかも知れない。そう明日から調べる範囲が広がると思い、資料をまた一から読まなきゃいけないと、果てしなく続く調べ物に少しだけ目の奥に疲れを感じた。








「結局わからなかった…… 」


 エディ兄様の書斎から借りてきた、両手いっぱいに抱えられる程の木簡を読み終えた私は、がっくりとした気持ちに襲われて机に突っ伏した。元は子ども向けだからか、基本的な事しか記載されていない。



 私たち ≪神の力≫ をもつ者たちは、王に管理されているが、そのプシュケーの状態を確かめるのが天秤なのは教えてもらっている。要は、神による審判の道具が天秤なのだ。


 

 しかし、≪血の契約≫ との因果関係がわからない。共通点は神に捧げるために、血液を流すことを必要とするところ。ーー血。血?



「えっ……。じゃあノータナーが私の怪我をいち早く察知したのも、これが関係あるの? 」



 限られた資料のなかで、得られたのは 『血液をどちらも必要とする』 と言うことだけ。しかも、よく考えればわかった筈だ。これ以上は今は限界がある。






 パズルの多くのピースが欠けていて、絵の完成までにはまだまだ足りない。考察すらできない状況にかれこれ数日は頭を悩ませていた。血についての情報を集められるように、もう少し敏感にアンテナをはろう。全く見つからない探しモノに囚われていた頭をなんとか切り替えて、次はノータナーとの関係をどう修復するのか策を巡らすことにした。




「そう言えばこの間、切傷に効く薬草でできた薬をあげたけど、ノータナーは使ってくれているのかな……? 」

 


 馬を操るためには手綱を強く握りしめるときもあると聞く。ひと月ほど前に、ふと見かけたノータナーの手には傷がたくさんできていた。厳しい馬術の練習と冬という寒さが合わさって、傷が目立つほどに荒れてしまったのだろう。見ていられなくなってすぐさま塗り薬をプレゼントした。



 そして、今後必要になりそうだと考えて、手袋をノータナーに贈ろうと思っていたのだが、なかなかいい素材が見つからず、時間がかかってしまった。昨日、完成の知らせを受けたときは思わず部屋のなかで飛び跳ねて、スキップをしたところだ。




 誰も見ていないからできることだけれど……。見られていたら少し恥ずかしい。喜びでジャンプして着地したときに、我にかえり、ノータナーが居ると思って恥ずかしくなってしまった。背後を振り返っても彼が居らずもしかしたら笑っていてくれているかもと思っていた期待も小さく萎んでしまった。いつもノータナーがいると思って行動してしまうのだ。慣れって怖い。




「はやくノータナーにあって、手袋を渡したいなあ 」




 あの出来事の次の日、アーティ伯母様からノータナーの体調が悪く、暫く会えないと聞いた時は悲しくなった。いつもノータナーと一緒にいるのが当たり前になっていたからだ。ノータナーの声とノックで私の一日がはじまり、彼の淹れたハーブティーで一日が終わる。その習慣が突然消えてしまった。その喪失感が後になって私をさらに責めさいなめた。それに、まだ謝ってもいない。今もそのもやもやが胸の中心に居座っている。





「喜んでくれるといいな……。 」



 ノータナー専用の手袋が入った箱をみつめながら、手袋を彼に渡したら彼はどんな表情をしてくれるのだろうかと、何通りも想像した。


 ノータナーが私に向ける表情が次第に豊かになっていることに嬉しさを感じていた私は、彼が私に向ける感情が徐々に変わりつつあることに何ひとつ気がつけなかった。



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