普通とは Ⅲ




 普通について、ここ数日寝る前に考えていた。頭の中の自分の思ったことを日記に書き連ねているうちに、満月だった月の形も変わっていた。それほど時が過ぎたのだろう。


 僕が居なくなって、私だけになったから普通になれた。まあ普通といっても、この国では、だけれど。ごくたまに、僕だけの世界があったら、なんて考えてしまう。それは罪なのだろうか。僕にも私が仕えることができている美しい方について知ってほしかった。もしかしたら──。なんて思ってしまう。


 

 ここ、ミィアス国では王が ≪神の力≫ を持つ者を管理できるからこそ、私のような人間でも普通として生きていられる。


 私にそのきっかけを与えてくれたあの人は、≪神の力≫ を持つ者を保護する任務を王から与えられていた。 ≪神の力≫ は力が強力な分、少々複雑な性質をもっているからだ。


 例えば、≪神の力≫ は時として、その力の使い方次第で脅威になってしまう。そしてある条件が揃うと、≪呪い≫ や ≪混乱≫ を発生させ自我が保てなることから、常に王の制御が必要とされている。


 ある国では、力を持っているとわかった時点で一族が滅ぼされるそうだ。人では太刀打ちできない異常な力を恐れて……


 では、なぜミィアス国の王は代々、神の代わりに力を管理出来るのか? それは神から与えられた契約の──




「ノータナー、起きてる? 」


 日記に誤字脱字がないか確認していると、部屋の外から声をかけられた。もう少しで、エレーヌ殿下が起きる時間だ。


 この宿舎まで来ることができるのは、≪神の力≫ 研究の第一人者であるアーティ殿下だろう。身支度はもう済んでいるので、返事をする。


「よい朝だね、ごめんね朝早くに。今日はちょっと時間がないから、今しか渡せないと思って……。はい、おまたせ! 」


 渡されたのは、預けていたもの。──エレーヌ殿下との契約の証であるぎょくだ。日中はいつもエレーヌ殿下とそばにいるから安心だが、ふとした瞬間に私たちの繋がりを証明する何か実体を持つモノが欲しくて、心許ない日々を送っていた。


 受け取ったぎょくは首から掛けられるようになっていた。これで肌身離さず持っていられる。


「アーティ殿下、ありがとうございます……! 」


 プシュケーが不安定になるのを恐れて、喜怒哀楽をおもてに出さないように常日頃心掛けていたが、つい声が弾んでしまう。


「うん、喜んでくれたようでよかった。 君もまだ子供なんだから、そんなに感情を押さえつけなくてもいいんだよ 」


 私の表情を読みとって満足そうに半月型に口を変えたアーティ殿下は、「じゃあね 」と手を振って小走りで去っていった。


 早速ぎょくを首にかけ、空にかざして眺めてみる。陽の光を閉じ込めたような色が私を照らしている。よかった、拠り所が戻ってきた。


 これなら、失くすこともないだろう。万が一、私が僕に支配されることがあっても、あの方の輝きと同じこの玉が救ってくれそうな気がした。


「……はやく会いに行こう」


 いつまでも見惚れてしまいそうな気がして、玉を大切に胸元にしまう。エレーヌ殿下のところへ向かうためにもう一度身だしなみを確認する。よし、大丈夫。



 宿舎と王宮は王宮や神殿を挟んで反対側にあるため、距離がある。ふと、アーティ殿下から先程指摘された事を思い出す。


「……感情、か……」


 家族と暮らしていた時は他の兄弟と比べると感情的になることが少ないので心配されていた。我儘になるのは私と僕がごちゃ混ぜになった時くらいだと、あの人は言っていた。


 もしかすると、僕は私とまるっきり反対の人格を持っているから、僕に乗っ取られないように自然と私は押さえつけていたのかもしれない。もしかして、感情を出すのが怖くて癖になっているのだろうか?




 階段をのぼり、エレーヌ殿下の部屋へ続く廊下をみると、エレーヌ殿下の部屋の前に立つアストレオス殿下の姿が見えた。


「エレーヌ、今日は僕と外へ行かない? 兄様は今日も体調が優れないらしいんだ。アーティ叔母様も会っちゃダメだって言ってた 」



 私とエレーヌ殿下の ≪血の契約≫ で人為的に構築された関係とはまた違う、普通の兄弟とも異なる絆で結ばれた双子のアストレオス殿下。


 御二方の御髪は特別だと言わんばかりに同じ色を持っている。アストレオス殿下に嫉妬してしまいそうになる。


 器が二つの生まれる前から一緒の御二方。その続柄は、身体が一つで人格は二つの私と僕に似ている。私と僕は決別しなければならなかった。双子という特別な関係性が羨ましい。



──私が失ってしまったものをエレーヌ殿下は持っている。


 喪失感と羨望……いくつもの感情が頭の中を駆け巡る。私がエレーヌ殿下に抱く感情が何なのか、わかってしまった。


 正解に辿り着いてしまわないように、それを避けようと、自己防衛のために反対の性質を持つ普通について考えてきた。無意識に守っていた。それなのに──!!


 エレーヌ殿下が私にとって特別だとはっきりと刻みつけられてしまった。




──あぁ、これはコンプレックスだ。







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