変化




 ノータナーと ≪血の契約≫ をしてから、ひと月以上が過ぎた。日常的に誰かがすぐそばに居るという状況に適応できるか不安だったが、ノータナーは背景と同化するように常に傍にいるので気にならなくなった。ひとりでいるよりも慣れてしまった。


 私とノータナーの主従関係は初対面のぎこちないやり取りからは多少慣れたとは思うが、正直なところ何でも話せる間柄にはなれてはいない。お互いにさぐりさぐりといったところだろう。彼は自分から話そうとしない。


 彼は私を守護する役割をもつと言っても、必要以上に過保護なわけではなく、ちょうどいい距離感を取ってくれている。その気遣いは大人顔負けだ。


 常に感情的にならず、控えめ。自分のことはあまり語ろうとしない。この位の歳の子にしては、落ち着いている。彼のバックボーンもバックグラウンドすらよく知らない私が言うのも勝手なことだとは思うけど……


 目線だけを動かして彼の方をさりげなく見る。時より首元にかけられた玉を大事そうに握っている素振りは見せるものの、表情筋は全く動いていない。もっと彼のことを知りたい気持ちはあるけれど、距離の詰めかたが掴めなかった。


( もう少し、仲良くなった方が後々にもいいと思うけど…… 一体どうやって…… )


 悩み事はあるけれど解決策すら浮かばない。何か動こうとしても上手くいかない状況がこのところ続いていた。

 

 ため息をつこうとしたが、先ほど心配をかけたばかりなのでぐっと堪えた。少し肌寒い風が吹いているからと、午後から庭の探索をしようと思っていたところ止められて今は部屋のなかにいる。


 実のところ本当は、打開策を求めて何か知っていそうで話をしてくれそうな、初対面で夢の番人と名乗っていたオルフェさんに会いに行くつもりだった。あまり周りからいい顔をされないけれど、彼に会えばこの夢について知る事ができると思っていた。



ーーそう、この夢が終わる気配が全くない。


 寝ても覚めても同じまま。何にも変わらない。いつもと同じ時間にノータナーはやってくる。彼に私の夢のことを話そうと思えるほどの勇気はまだない。



「エレーヌ、今時間あるかな? 」

 

「アーティ叔母様……! 」


 そして、アーティ叔母様がやってきて時々あの金の杯に入った飲み物を飲む。そういえば、最近変化したことがある。


「アーティ叔母様、これ味変わりましたか? 」


「え? 前と同じ果実を使っているはずよ。どうしたの? 」


「なんか、前より甘くなった気がして…… 」


 杯の中身は前と同じ薔薇色。でも、味覚が前と違う気がする。前は酸味の方が強かったのに、今では甘くなってきている。この飲み物をもっと飲みたいと思う事が増えてきた。


「一応毒味もしてあるし……変わってないよ 」


「そうですか…… 」


 この飲み物に慣れてきたのだろうか、最初はそう思っていた。でも、何かおかしい。これを飲むたびにこの味に落ち着いてしまう。この飲み物とは関係あるかわからないが、それに最近、この夢のなかの世界に上手く馴染んできている。私自身が。


 不思議なところは沢山あって立ち止まっていたのに、今では疑問点も浮かばなくなってきた。夢と信じていたのに、この夢が終わらないものとして、今なら受け止められる気がする。むしろ、この夢が続くように頭の隅で願ってしまっているーー。


「エレーヌ、そんなしょげた顔をしないで。 大丈夫。心配ごとはなにもないから、ね!」


 アーティ叔母様は、そう言って私を安心させようとしているけれど、笑顔を作っている目元には薄らとクマが浮かんでいる。研究や看病できっと寝る時間も取れないのだろう。


「あの、エディ兄様の調子は? どうして会えないの? 」


 太陽が海に沈む時間が早くなり、緑も減り寂しくなる季節がやってきた頃、エディ兄様が体調を崩して寝込んでしまった。その連絡を受けてお見舞いに行こうとするも止められている。


「……大丈夫よ。会えないのは、エレーヌやレオスも具合が悪くならないようにするためなの 」


 そう言いつつも目線を下げた叔母様は、なにかを願うように私の目を見つめた。そしておやすみの挨拶に額にキスをすると 「よい夢を 」といって部屋を出ていってしまった。



 私やレオスはエディ兄様に会うのも禁止されている。誰に聞いても 「大丈夫、心配しないで 」とはぐらかされて、蚊帳の外だ。私たちには何も教えてくれない。


 『オルフェリアの希望』では、主人公が幼い頃にエディ兄様が片目を失ってしまう出来事が起こった事件が回想として描かれていた。だけと、主人公が生まれていないのでその時期にはまだ早いはずなのに……。


 でもそのきっかけが、いつからなのか、そして病気なのか事故なのかはっきりとは原作で語られていなかった。もしかしたら、今の状況となんらかの関係があると私は思っている。


 大人たちの何かを隠そうとしている様子を見ると不信感は募る一方だった。子どもの姿なのが歯痒い。何か出来ることがあれば。とにかく情報が欲しい。今の状況で教えてくれそうな人ーー。



「……やっぱり、オルフェに会いたい 」


 ノータナーに聞こえないように、そう小さくつぶやいた。そういえば、レオスが前に話していたことを思い出す。「オルフェはたまに現れてーー 」とか言っていた。神出鬼没の彼に会うために、まずは彼に手紙を出すことにしよう。



『宿題の答えがわかりました 』


 誰もが寝静まる頃、そう一言書いた手紙をそっと私の部屋の窓際に置いた。魔法使いみたいな方だから、私の会いたいという気持ちがわかるかもしれない。


 今日は雲が月を隠しているから外は暗い。疎まれているとも言っていたので、もしかしたら他の人に会わないように隠れて、彼が王宮を通るかもしれない。


私の手紙にも気づいてくれるのではないか。そんな小さな望みにかけて、私は彼が手紙を受け取ってくれることを願って眠りにつく。




ーー翌日、窓際を確認すると手紙はなくなっていた。





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