眠りが浅かったせいなのか、鳥たちの鳴き声で目が覚める。まだ空は薄暗い。いてもたってもいられず、一目散に窓に駆け寄り、昨夜置いた手紙がどうなったのか確認した。


「ない、よかった! 風に飛ばされた訳じゃないみたいだし、オルフェさんがやっぱり見つけたのかな。……なにこれ」


 下を見ても見当たらない。重石を置いたので飛ばされて無くなったのではなく、本当に彼が持っていったのだと信じてみることにした。落ちていないか、念のためあたりを目を凝らして探してみると、二股にわかれた枝が一本落ちていた。


 

 昨晩は曇っていたけれど、風で窓が揺れることもなかったので、枝を飛ばすほどの大きい風は吹いてないはず。


「オルフェさんが置いていったのかな……? 」


 彼なりのメッセージだろうか?何かヒントがないのかよく枝を観察してみる。薄茶色の枝で、葉っぱはない。これだけでは、特定できない。該当する木を庭で探してみようにも本数が多いから難しそうだった。



 枝を見つけた場所は昨夜手紙を置いたところから少し離れている。無造作に転がっていたので、鳥が巣を作るために運んでいて落としてしまったのだろうか。曲げても折れないので、新しい枝か元々頑丈な種類だと思う。




 考えている間にも、太陽は空の大半を明るく染めていて、やがて闇は去り、人間たちが活動する朝がやってきた。



 オルフェさんからの返信があるまで待ってみよう。もしかしたら、突拍子もなく現れるかもしれない。枝はひとまず誰にも見つからないところに隠して、支度をすることにした。




「エレーヌ、どうしたのさっきからキョロキョロして 」


「……えっ、何でもないよ。ただ今日は天気がいいなと思って…… 」


「へー、……まあ昨日よりは雲は少ないね。風も吹いてない、そのほうがいい 」



 今日もエディ兄様のお見舞いに行けず、 部屋に続く廊下に足を踏み入れた瞬間に注意されたらしい、不貞腐れた様子のレオスと二人で宮殿側の庭に来ていた。


 

 つい今朝の枝に似たような木がないか探してしまう、私の落ち着かない視線にレオスが目敏く気づいて声をかけてきた。咄嗟に誤魔化した。レオスは何処かぼんやりしていて、あまり話を深掘りする気がないようだった。



 彼も落ち込んでいるのだろう。双子の片割れが目を覚ましたと思ったら、次は兄。心配なのが言動に現れてしまうのも頷ける。仲のいい兄なら尚更。



 「三人でまた行こうね 」と約束したあの丘にもエディ兄様がいないから、二人だけだと行く気持ちにはなれなくて、最近は庭か中庭にいる事が増えた。



 レオスの心情を客観的にみることができている私もここが夢の中だからと、他人事では居られなかった。私たちは生きているし、もしかしたら私が変えることが出来るのではと原作ファンに怒られそうな、ずるいことを考えている。



 

 原作も途中までしか読んでいないから、どうなるのか知らない。詳しく描かれていないから、何が起こるのか定かではないーー。 だから……だけど、わからないことの答えを聞きたかった。今頼りにできるのはオルフェさんだ。






 いつ会えるのか返信の手紙は来るのかと、一日中ソワソワして落ち着かない。一晩中起きて待ってようとしたけど、余計な気を使ったからか疲れて寝てしまった。


「……うそ、寝ちゃってた!? 」


 陽の光が部屋に入ってきたことにより意識が覚醒する。今日もこの場所かと思ってぼんやりしていた頭が、窓を見た瞬間に思い出す。慌てて窓際へ走った。


「ええ…… 」


 そこにあったのは返事の手紙でもなく、昨日と同じ木の枝だけだった。形は違えど、色や折り曲げようとした時の跳ね返りから種類も同じものと推測する。はたしてこれが何かのメッセージなのだろうか?




 一日また一日と、待てど暮らせど木の枝が窓際に置かれているだけ。一本、二本……リースが作れそう。一週間を過ぎたあたりで、返事を待たずにもう西の塔まで訪ねてみようかと思いはじめた。



 日中は人の目があるから、夜中にバレないように窓から降りて……と考えてみたけれど、誰かに見つかったり怪我をして、エディ兄様が大変なこの時期に心配をかけてしまうのも悪いと考えて、なかなか行動に移せなかった。



「エレーヌ、どうしたの? 」


「……えっ、何でもないよ 」 


「本当に……? 」


 枝の本数が9本目になった日、レオスに「最近なんか変 」と怪訝そうな表情で詰め寄られてしまう。笑って誤魔化してそれ以上私が何も言い出さないでいると、悲しみと不安の混ざった顔でレオスが私に何か言いたそうにして、また下を向いた。



 レオスにこんな複雑そうでしょげた顔をさせ続けるのも辛い。腹を括ってもう今夜西の塔へ行こうと、やっと私は決心した。





「エレーヌ殿下、よい夢を見られますようにーー 」


「うん、ありがとう。ノータナーもね 」


 「心配かけてごめんなさい 」と声に出さずに呟いた。私はこれからオルフェさんのところへ向かう。誰にも見つからないような経路を頭の中で思い浮かべる。よし、行こう。と寝台から起き上がった瞬間ーー




 何処からか風が吹いて、会いに行こうとしていた人が目の前に現れた。



「今宵は三日月が真っ暗な空に浮かんでいて綺麗ですね。宿題が終わったとお聞きしました。正解分かりましたか? 」






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