答えあわせ
会いたいと思っていた人物が突拍子もなく目の前に現れた時、人はどんな反応をするのが正しいのか。私は驚いて腰を抜かしてしまった。寝台から床に落ちなかっただけまだましだ。目の前の彼は悪戯が成功した子どものようにニコニコ笑っている。
「……え? 今どこから! うそ、何で? 」
「ふふ、驚いた顔もいいですね。……とても愉快だ 」
「今日、西の塔に行こうと思っていて……」
呆気に取られて、大声で叫ぶことすらできない。今日来るなんて思いもしなかった。もしかして、毎日来てくれていたけど私が寝てしまっていた? 申し訳なさを感じつつも言い訳をする。私が気づかなかっただけで、彼なりの返信はあったみたいだ。
「あら、伝わりませんでした? 今夜お伺いする予定だったのですが…… 」
「え? そうなんですかごめんなさい、返信はまだいただいてないと思っていて……枝が毎日置かれていたのは気がついたのですが…… なにか意味があるのでしょうか? 」
「そうそうその木の枝です!! おっと、まだ意味をご存じなかったですね。 枝の合計本数が二桁目になる夜に会いに行きますよというメッセージだったのです。 今は少し難しかったですかね 」
よくわかっていない私とは対照的に、無邪気な子どものような笑みを絶やさず「これが私たちの秘密の暗号です 」と枝をくるくると指揮棒のように振り回すオルフェさん。会うのは二回目だけれど相変わらずテンションが高い。置いていかれそう。
「おっと、今日は宿題の答え合わせ。でしたね? 貴方が私の名前を知り、呼んだということは、そろそろここに慣れてきたのでしょう? 知りたい事がいっぱいあるのでは? 」
今度は片側の口角を上げて挑発的な顔をする。ころころ表情が変わる。いくつもの仮面を被っているかのようだ。彼がわからなくなる。どれが本物のオルフェさんだろうか?
「……っはい、≪アポスフィスム≫ の意味わかりました。 オルフェさん、貴方は先祖返り。とても強い力を持っている方なんですよね 」
「うん。 正解。 よくできました! 」
「うわ、ちょっと…… 」
満足そうに、髪をかき混ぜるみたいにわしゃわしゃと頭を撫でられる。表情はもとより、口調も距離感も初対面からだいぶ変化してきている。しばらくすると撫でるのに飽きたのか、私の頭から両手を離して、ぼさぼさになった髪をさりげなく整えてくれた。
「では、改めまして自己紹介。 私はオルフェ。
「……似ている? 」
「厳密に言うと違うのですが、いずれわかることでしょう……。
「あまりよくわからないです。 私が ≪エレスティア≫ と言うことしか 」
≪ミィアスの天秤≫ の審判を受けノータナーとの契約が終わってから、エディ兄様のこともあり、その言葉のもつ詳しい意味を聞く暇がなかった。いつか聞こうと頭の隅に置いていたけれど、大人たちは本当のことを教えてくれるのかも今となってはわからない。
私が詳しいことを知らないと察したオルフェさんは「……そうですか 」と呟くと私の右手を握った。
「では、天秤のところに行きましょう!! 」
「えっ?! でも…… 」
「授業です。授業! 実物があった方がわかりやすいでしょう? 観に行きましょう 」
思いがけない提案に素っ頓狂な反応をしてしまう。どうしてそんな考えができるのだろう。本当にこの人何者なの? そもそもあの神聖な場所に立ち入ることは許されているのだろうか? 誰かに見つかったら大変だ。
こんな夜中に部屋から出たこともなければ、外に行った事もない私は、戸惑ってしまう。それに、こんなに夜遅くにあの重厚な空気が漂う場所に行くのも怖かった。
「そんな怖がらなくても大丈夫ですよ。 ほら、目を瞑ってください。 手は握ったままでーー 」
恐怖で体が震えているのが、繋いだ手から伝わっていたのだろう。私の目線に合わせてしゃがんだオルフェさんは、安心させるように柔らかく笑ってから、片手でふわりと私の目を閉じさせた。そして次の瞬間、ほんの一瞬、風が頬を撫でた。
「目を開けてもいいですよ 」
「ーーえっ! 」
いつの間にか、移動していた。目の前にあるのは天秤。この天井も高い空間では小さい声でも反響して大きく聞こえてしまって、慌てて自分の口をおさえる。オルフェさんを見上げると得意げにウインクをひとつ零した。すごい。こんな事ができるんだ。魔法使いみたい。
オルフェさんは天秤を一眼みて頷く。握っていた右手と同じように左手も同じように彼の手が掴んだ。私たちは向かい合わせの格好になる。くるくると天秤がある祭壇の周りをまわりだした。私は転ばないようについていく。音楽は流れていないはずなのに、いつの間にか二人でリズムに乗ってステップを踏んでいた。
「ほら、キミはこの天秤に ≪エレスティア≫ と言われたのでしょう? そしてこの
うっとりと歌うように、天秤の審判と同じように神託を下す。まるで今までのことを見てきたようで、驚いて私の足が止まる。月の光が影になってオルフェさんの表情を遮っているので、彼が今どんな顔をしているのかわからない。
「何で、知っているんですか? 」
「キミのことはずっと前から、ずっと見ていましたからーー次こそはキミがエピソードを完成させなければならないのです 」
「何を…… 」
オルフェさんの言っている意味がわからない。彼は鼻歌交じりで、私の知らない私のことを語りはじめる。
「エレーヌ、今までは邪魔が沢山入ってきてしまったんですよね。 大変でしたねえ 」
彼が私の身長に合わせて膝をついた。身長差がなくなって、彼のうっとりとした目が私を捕らえて離さない。ーー出会った時もこんな目をしていた。
「……でも大丈夫ですよ。この世界では全て達成しましょう。 そして克服しましょうね。私はキミを導くもの。 誰にもそのプシュケーを奪わせない 」
そう、そもそもこの世界を夢だと思わせたのはオルフェさんだ。本当に夢の世界なのか、聞かなくては。なんで彼のことを信じたのだろう。彼は不思議だ。彼が言ったことは全て起こり得てしまう。そんな確信だけはあった。
「……もしかして、最初に会った時に夢の番人とオルフェさんが名乗っていたことと関係があるんですか? 」
「……キミはとても記憶力がいいですね 」
「オルフェ、さん……? 」
今までの雰囲気から一転して緊張感が漂う。彼の目が
オルフェさんはひとりの筈なのに今目の前にいるのは誰? 彼の本質が掴めない。彼が何者かわからない。彼がどこからきたのかも知らない。 初めて出会った時から、彼の存在は異質なものだった。ーーあれ、そういえば “オルフェ” という名前の人物は原作で出てきただろうか?
(いない。私が読んだ範囲では出てきていない……! )
もし、彼が『オルフェウスの希望』の登場人物でないとしたら、目の前の彼は誰? 彼の物語においての役割は何?
緑色の目が私を射抜いて離さない。答え合わせの時間が来てしまった。
「キミは本当にここが、夢の中だと思っていますか? 」
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