普通とは Ⅱ



 エレーヌ殿下が起きる時間を太陽の光の影で予測して、もう起きる頃だろうと思い、外から声をかけた。入室の許可を貰い、部屋にはいる。


「昨日の疲れは残ってはいませんか? エレーヌ殿下 」


「ありがとう。思ったよりも大丈夫。今日もいい天気だね。ノータナー 」


 私の目は怖いと言われることがある。幼い子を泣かせてしまうことも。なのにエレーヌ殿下は会話をするにも、ちゃんと目を合わせている。


 これが特別なのだろうか?昨日散々考えた特別と普通。特に普通についてあれから答えは出なかった。



 今日はエレーヌ殿下と共に、アーティ殿下の研究室へ出かける。


 エレーヌ殿下の記憶が危ういらしく、器とプシュケーの安定のためにも、溢れてしまった知識を取り戻さなくてはならない。そのための訪問。


 私があの人から幼少期に教わった授業よりも易しくわかりやすかった。



「ねえ、ノータナー。その玉さ、首から掛けられるようにしとこうか? 」


 アーティ殿下は、私がここに来てからも面倒をよく見てくれた。私の特異性を研究しているからだ。


 今も呼びつけられては、時より僕はどうだと心配してくれたり、お菓子をくれる。


 研究者の彼女は手先が器用だし、この契約方法も彼女が成立させたものだ。預けておくには、いいと思う。でも少しだけこの色がなくなるのは寂しいと感じてしまうーー。



 アーティ殿下の授業は思ったよりも長くかかり、外に出てみると日が暮れていた。夜の時間は危ない。エレーヌ殿下を部屋に送り届けた私は、いただいたお菓子を食べながら昨日の続きを書こうと、葦ペンを取った。


 普通についてーー≪神の力≫ を持っている者がミィアス国には多く、適材適所でそれぞれ役割を持ち国の内政や外政にも活かされているとあの人に教えられた。


 特別な力を持っていても、普通に父と同じように役割を持つことができる。私の ≪神の力≫ が役に立つのは嬉しくて家に帰った時に両親に歯を見せて喜んでいたらしい。母は泣いていた。


 あの人は後天的に力を持ったからか、力を持っていない人との違いも時より話してくれた。普通と特別と異常。どれもが複雑な事情が絡まっている。私は異常だと思っていた。


 寄宿舎へ入ってからは、以前の私の過ごしていた環境では特別とされていても、ここではそれが普通だと徐々に気づいていった。その中でも、私の≪神の力≫ は特殊だった。


「やっぱりここでも普通じゃないんだ…… 」


ーーせっかく普通だと思えたのに


 一つの器で二つの意識を持っている私は、はじめての事例だという。


 悪いことに、何も知らない私が、僕に名前を与えてしまったがために、普通と思っていたがために、本来とは異なる力ができてしまっていた。


 更に、ミィアスの天秤より ≪アンディメーナ憎しみの心≫ と審判を受けた。これは、≪呪い≫ になってしまう危険性が高いと判断されたという事。僕はその性質を持っているという。


 ≪呪い≫ とは力を使いすぎた場合、器やプシュケーに影響を及ぼし、自我が保てなくなり暴走してしまう。


 私が ≪呪い≫ により暴走することは、必ず避けなければならないことだった。暴走してしまったら何を仕出かすかわからない。


 私の ≪神の力≫ は異常だ。起きている間の私は穏やか。だが、夢の中の僕はプシュケーを侵食してしまう。最悪の場合、凶暴化してプシュケーを簡単に無くして理性を取っ払って力を奮ってしまうだろう。


 あの人に会う前に頻発していた日中で出てくる僕は、太陽が出ている間生活している私のプシュケーを奪おうとしていたのだ。


 一年間みっちり私は力のコントロールの仕方を教わった。僕が出てこないようにプシュケーとか、それまで聞いたことのない言葉を使いながら、暴走をしないように制御の方法を習った。


 両親の元を離れるまでは耐えられた。でも時より、夢の中の僕が私に話しかけるようになってきた。その時の私は目の色が赤くなる。あの人はそれを咄嗟に見つけて僕を混乱させないように夢の中へ誘う。


 僕が抑えきれない。この僕が ≪アンディメーナ憎しみの心≫ の性質を持っている。私が乗っ取られて、 ≪呪い≫ が発現したらーー?


 夜に生きる人間が、することは暗殺。任命される役目は人を殺すこと。あの人は、それを抑えようとアーティ殿下に僕が出てこない方法を研究するように頼んでいた。


 僕の ≪神の力≫ を縛ることになった。僕の名前を強制的に縛り付ける。≪ミィアスの剣≫ と神の代わりに力を管理している王がいればこの縛りは永遠だ。


 私が乗っ取られてしまわないように、僕を排除した。縛りによって、僕が持っていた意識も記憶も失われた。


ーー僕は普通になった。ならざるを得なかった。


 僕の力が強すぎるために、しかたないことだった。でも、時々寂しく感じてしまう。はじめてできた友達のように思っていたし、僕がいることが普通だと思っていたのに……



「制御できるように、プシュケーを鍛えよう。太陽の下で生活する君が強くなればいい 」


 そんな私をみて、あの人は私が寄宿舎に入ってもたまに顔を出して特訓をしてくれた。


 特別な人を守るための力を磨き上げてくれた。そのおかげで、私はエレーヌ殿下を守護する任務を与えられた。



 僕がいなくなってから、時より夢を見てしまう。花畑の夢が多い。あれは、他の国で見たことがある花だった。


 今度、両親に手紙を出そう。あの花はなんですかーーと。花畑で出会ったあのお方に本物の花を贈ったら、どんな特別な表情を見せてくれるのだろう。


 「エレーヌ殿下は特別 」そう教わった。


ーー私とエレーヌ殿下の関係は特別になれるだろうか?



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