駆け引き



 


 人間は何のために生まれるのか、或る人は言った。



『生まれたことが罪である。償うために人生を全うすることが罰であり、死とは救済だ。』ーーと。


 

 では、私はアナタを置き去りにして人生を歩むことを償いとしよう。この罪は繰り返す。アナタが神になるまで。アナタに赦されたい。ただ、そのために繰り返し生まれ死んで貰おう。



 これは懺悔、私利私欲のためだけに私は力を使ってしまったのです。



ーーアナタを私だけのものにするために。私は運命運命物語を狂わせた








「今度こそ私を、私のプシュケーを掬い上げてください。私のエスティアーー 」













 私の記憶が再び目覚めてから、一年が経った。この一年間でできる限り今の世界での出来事と私のもつ知識との整合成が取れるのか、誰にも怪しまれないように確かめてきた。




 この世界はどの物語を辿っているのか、今生きて活動している範囲では『オルフェリアの希望』では描かれていない時期なのでなんともいえなかった。



( まあ、原作の知識も記憶に残っていないから完璧だとは言えないけれど…… )




 そして重要なのが、これから発生し得る出来事のきっかけと変えられない出来事のリストづくり。これがなかなか難航している。




 エディ兄様の体調は物語通りに進み、どんどん悪化してるらしく、アーティ伯母様は毎日毎日忙しなくエディ兄様の部屋と研究所を往復している。




「私ができる限りのことをしよう。……なんて、そんなことを思っても、兄様のこととか肝心な出来事は変えられないのかな…… 」





 宮殿から研究所に繋がる柱廊、最近のお気に入りの空間。ここはよく行政を担う人たちや研究者が行き来しているから、なにかと情報を得ることができた。レオスに見つかると心配されるので滞在時間は短め。今日は誰に会えるかなと、考えている私に大きな影がかかった。




「お久しぶりです。エレーヌ殿下。こんな風通りがいいところで考え事ですか? 器が凍えてしまいそうだ 」



「あっシェニア、最近よく会うね。シェニアもこれから研究所へ? 」


「ええ、もうこき使われて大変ですよ…… 」




 

 一年前と比べてシェニアと私の距離はどんどん近づいていた。最初は人間の血の通った温かさを感じずに怖がっていたけれど、今では軽い冗談も話せるほどに打ち解けている。




「エレーヌ殿下はアーティ殿下とお会いするご予定が? こんな遅くに、従者も共につけず出歩かれるなんて、陛下が心配してしまいますよ 」



「あのね、父様には内緒にしてほしいの。もちろん他の人にも……私実は、エディ兄様のことが知りたくて…… 」



 



 分厚い雲に覆われた月がみえ明かりが差し込んで私たちを明るく照らしているから、互いの表情がよくわかった。何か知っているのだろう。私が知りたいのは、エディ兄様私たち兄弟と関連している研究内容。

 



 エディ兄様のことを出した瞬間、シェニアの眉が動いた。これは知っている。この一年でわかったことのひとつにシェニアは王の側近である立場で博識なため政治だけではなく ≪神の力≫ 研究にも加担していること。





 アーティ伯母様は忙しいし、それに私たちに心配をかけまいと話してはくれないだろう。オルフェさんには聞いてみたけど、言葉遊びではぐらかされてしまった。残っているのは、知っているけれど教えてくれそうな、シェニアかなとおもっていた。


 



「お願い……! どんなことでもいいの、いま頼れるのはシェニアしかいなくて…… 」



「そこまでエレーヌ殿下に頼っていただけるなんて…… 初対面の時の冷たく荒れた海よりも凍えた視線からは想像もつきませんね 」




 彼にはあの日のことが印象に残っているようで、なにかにつけて恨み言のように繰り返す。当初の関係性とは180°変わったけれど、私から期待の眼差しを向けてもそう簡単に靡く人ではない。




 

「頼っていただけるのは嬉しいのですが、残念ながら、お答えできかねます…… 」


「えぇ…… 」





 今では軽口を叩けているけれど、最初は表情に出てしまうほどに怖かった。彼の目や纏っている雰囲気が偽物のように思えたのだ。近づかない方がいいとさえ思っていた。





 アーティ伯母様やレオスにはいい顔はされなかったけれど、この一年でシェニアとの距離を詰めたのにはある理由があった。


 




 私の記憶の箱通りに今回も進むのであれば、いずれシェニアは一度この国を裏切ることになるーー。

 




 シェニアがなぜ国を裏切るのか、そのヒントが彼の言動や謎に包まれたその出自から導けるはずだ。エディ兄様にかかわる研究だけでなく、物語の主人公エディの誕生の秘密も、彼が一つの鍵を握っている。





 なぜシェニアとなのる人物がこの世界にいるのか、答えを導き出してしまったらもう戻れない。





  さあ、駆け引きを始めよう。  


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る