宿題




 全てを肯定してくれそうな笑顔を浮かべて、私だけに向けた間違っても優しく答えに導いてくれそうな表情をした、夢の番人さんが答え合わせをしてくれる。



「よくできました。 ≪デュミィアス≫ とは王の子。すなわち、この国の ≪神の子≫ を表す言葉です」


「──え、二つの意味があるの? 」



 私が質問をすると、嬉しそうに長いまつ毛で彩られた目を太陽の光を浴びて輝く新緑のような目をキラキラと光らせた。そして、知らぬ間にいきなり夢の番人さんの授業がはじまった。




「えぇ。王の子は神の血を引くもの。ですので、神の子となりますね。そして真の ≪神の子≫ とは ≪神の力≫ を持ち、何者にも侵されない ≪ プシュケー ≫ を持つもの。これがこの国の次の王になれる条件の1つです。他にも王と認められるための理があるのですが…… 」




 初っ端から、三段論法を使って説明をされた。うーんこれは、メモが欲しい。理解できなさそう。




「今日はこの辺でやめにしておいた方がよさそうですね。まあ、最後にもう一つ! 例外的に王族以外にも ≪神の力≫ をもって生まれてくることがごく稀に起こってしまいます 」




「それに、ここだけの話、実は残念ながら神の血王家の血筋をひき ≪神の子≫ であり ≪神の力≫ を持つ者でも、感情のコントロールが難しいと王の資格を持たない者もいますし、王になり得る資格を持つものでも継承を辞退……、おっと? 」



 (王族でも王になれる者の選定基準があるってことなのかな?)



「まあ、詳しいことは追々ですね。貴方はとても珍しい。それに貴重だ。こんなに運命に、エピソードに囚われている ≪神の子≫ はなかなかいないでしょう 」



 誰か他の人が来る予感がするのか、目の前の彼は、話し足りないと名残惜しそうにしつつも、外を気にしはじめた。

 

 



 私が一生懸命に理解しようとしているのが伝わったのか、夢の番人さんは私の目をじっと見つめて再度言葉を紡ぎだす。




「また例外的に私のような ≪アポスフィスム≫ と呼ばれる者も居るのですが、珍しいのかここでは警戒されてしまって……」



「≪アポスフィスム≫ とはなんでしょうか……? 」


 



 綺麗な眉を下げて悲しそうな顔をしている彼に対して、どう慰めてよいのかわからず、聞き慣れない単語が出てきて番人さんの心配よりも混乱した私は、思ったことをそのまま呟いてしまう。




「ふふ……そんな困ったような顔をしないでください。何処に行っても邪険に扱われているので、こうして貴方とお話しできるだけでとても嬉しいのです。あぁ、楽しい時間はあっという間に過ぎてしまいますねぇ 」




 離れるのが名残惜しいのか、私の両手をとって上下にふりだした。



「≪アポスフィスム≫ については宿題にしましょう。次に会うまでに正解を探してみてください。これで私に出逢える楽しみが出来ましたね 」


 



 また会う約束を取り付けた夢の番人さんは、どうやら人とあまり関わりがく、人恋しいのだろうか。そこから推測すると、おそらく ≪アポスフィスム≫ は良い意味ではないのだろう。




「おっと、彼がお怒りだ。見つかる前に行かないと。何をしでかすかわかりませんからね…… この世界でのさよならの挨拶をしましょうか 」




 彼はもう一度私の方を向く。より一層微笑みを深くすると次の瞬間、片膝を折ってから私の目線に番人さんがきた。そして、いきなり私の顔に近づいてきたと思ったら、額にキスをした。愛しい子におやすみのキスを贈る母親のようだ。




「え、えええ……?! 」




 私が番人さんの咄嗟の行動に理解が出来ず、唖然としている中


「貴方のプシュケーが清らかなままでありますように。──また会いましょうね 」



 私が驚いて目を閉じてしまっている間に、夢の番人と名乗る人物は物音もたてずに居なくなっていた。



  



 謎の人物と一瞬の出来事。後から思い出せば、彼の言動からもっと大事なことに気づけていたかもしれないのに。不思議な点は沢山あった。



 おそらくここが最初の分岐点。ここで彼に何か抵抗していたら違う運命を辿っていたのかもしれない。





 ――なぜ私は夢だと信じ込んでいるのか?


 ――どうして ≪プシュケー≫ と言う言葉の意味に疑問を持たなかったのか?


 ――自称:夢の番人が言った言葉を疑いもせず、この夢だと言われた世界に無意識のうちに少しずつ適応していっていること






 私は、夢だと思い込むあまり、冷静な判断ができなかったのだろう。もしくは、夢の番人の催眠にかかっていたのかもしれない。疑問点がシャボン玉のように浮かんでは消え、また浮かんでは消え……



 最後にはなんと自分の寂しいという感情が勝ってしまった。





 初対面の彼が居なくなって心細いという気持ちは、客観的に見てこの状況では似合わないないはずなのに。次はいつ会えるのだろうかと再会を願う自分がいた。ひとりにしないでと誰かに縋ってしまいたい。助けてほしい。


 


 この時の私は、いきなり出会った人に、宿題を与えられ、その場に立ち尽くすしかできなかった。



 ──まるで知らない土地に置き去りにされた、ひとりぼっちの子供のように。

 







「……っはぁ、エレーヌ! 部屋にいる? 」




 そんな私を慰めてくれるような、どこか懐かしい声がした。



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