第11話 二股の矛

グリドール公爵家領。

グリドール公爵は王位継承権すら持つ大貴族である。そのため、王国に対する忠誠心も高かったが、獣王べレスは領都の城壁を一撃で粉砕してしまった。

このため、領都から撤退すれば領民の命を奪わないこと、信用できないなら領民を先に逃しても構わないと勧告することで、公爵は領民を伴い王都へ撤退した。


戦いが無いことを不満に思う者もいるが、そのような者は別働隊に参加させ、王都への補給路を攻撃させることで鬱憤を晴らさせている。


撤退する者たちは食糧を持ち去ってはいるが、獣王への恐怖を前に全てを持ち去ることはできず、ここでも大量の食糧が残っている。十分な量の兵糧を準備して侵攻を開始したが、新鮮な食材を摂れることがありがたい。


「ここまで順調すぎるな…。全ては冥王…そしてこの矛のお陰だな。」

獣王べレスが呟く。

冥王が獣人族奴隷を徴発し、癒したことで一万もの大軍を用意できたこと、この二股の矛の力で王国守備隊に圧倒的な力を見せつけたことで、死者を出さずに侵攻を進められている。


「ホホホ。この矛の力を引き出せるのはアナタの実力あってのことですねえ。」

と冥王が答える。


「しかし、冥王。こんな素晴らしいものを貰っても良かったのか?勇者や剣聖が持つ伝説の武器をも上回るものだぞ。お前が自分で使えばいいのではないか?」

この戦いの前に冥王はこの二股の矛を獣王に渡したのだ。『新しい獣王の矛だ』と言い添えて。


「ホホホ。ワタシは魔法主体の戦い方ですからねえ。これだけのモノですから、力を引き出せる方に使ってもらった方がいいと思ったんですよねえ。

それにワタシかこれを差し上げなければ、アナタは素手で戦わなければならないところでしたからねえ。」


「そうだな。勇者と剣聖と戦ったときに俺の武器は破壊されたからな。下手な武器だと軽く振っただけで折れてしまうのだが…。だからと言ってこれは立派過ぎるぞ。」

かつての『獣王の矛』はその名に相応しい頑強さを誇ったが、勇者や剣聖たちが有する『伝説の武具』には敵わなかったのだ。


「ホホホ。気に入ってもらえて何よりですよ。まあ、そこまでおっしゃるなら、ワタシが必要になった時に返して頂ければ、何も問題ありませんねえ。」


「そうか、それまではこの武具に恥じないよう振る舞おう。」


「ホホホ。そう言って頂けると新たな『獣王の矛』も喜んでくれますねえ。」


「ふっ、そうか。冥王、感謝する。『獣王の矛』の事もそうだが、獣王軍一万。一人として欠けることなく勇者、そして王国軍との決戦を迎えることができる。それはお前の言う通りにしたからだ。」

獣王が頭を下げる。


本来であれば、支配地に兵を割くの判断が必要なのだが、それは冥王配下のスケルトンたちが担っている。

放棄しても構わないとベレスは思ったが、王国軍に再奪取され、食糧を王都に運ばれては困ると冥王に言われ、任せることにした。


「ホホホ。獣王サン。『王』たるワタシ達はみだりに頭を下げるものではないんですがねえ。まあ、感謝の気持ちがあるなら、ワタシが大賢者を頂くのを邪魔しないで欲しいですねえ。」

べレスにとっては『獣王』とは獣人と獣たちの中で最も強い者という認識でしかないため、『王の矜持』を語る冥王を鬱陶しく思ったことがあるが、今では不思議と心地よく思っている。


「そうか。因縁の相手と決着がつけばいいな。」

獣王は破顔する。獣王軍にとって厄介なのは魔法職、そして大賢者だ。冥王はその大賢者をおさえてくれるというのだ。それなら自分は勇者たちを討つことに集中できる。


「ホホホ。そうですねえ。アナタも勇者たちを討てればいいですねえ。」


--冥王の伝承については代替わりのときに聞いてはいたが…伝承とは当てにならないモノだな…。

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